ランスでの戴冠式の後、一足先にパリに潜入していたものの、ジャンヌ達の攻撃が失敗した上に、軍も解散させられたので、兄アルテュールの元に戻ってきていたシモーヌだった。
「ああ。ラ・シャリテ・シュール・ロワールのな。どうやら、もうオルレアンの方に戻るらしいが」
「そうですか……・今年の冬は寒いようですからね。慣れない土地だと、大変でしょう」
 そう言うと、シモーヌは部屋の中央まで移動し、その壁に埋め込んである暖炉に薪をくべた。
「あの娘もラ・トレムイユにしてやられたようだ。気を付けてやらねばな」
 その言葉に、シモーヌは兄の方を振り返った。
 兄のアルテュール・ド・リッシモンは上着を脱ぎ、少し楽な格好はしていたものの、大きな木製の机の前で、書類の山に目を通していた。
「では、その山賊討伐とやらも、ラ・トレムイユの差し金なのですね? 責任もとらされるのでしょうか?」
「司令官等の地位ではないのだ。強引に責任をとらされることはあるまい。ただ……」
「ただ?」
「あいつは、ブルゴーニュ派にも血縁を入れている。そして、その者との接触が最近頻繁だ。何かあるかもしれんな」
「陛下との休戦協定に、ですか?」
「うむ」
 そう言うと、アルテュールは書類から目を上げ、何かを考えるように顎に手を当てた。
「もう既にロワール河遠征時の軍隊は解散になり、陛下の御心はブルゴーニュ派に近付いているとしか思えぬ。となると、邪魔になるのは誰だ?」
「乙女……ですか?」
「それしかおらぬだろう。オルレアンの私生児(=ジャン・ド・デュノワ)やアランソン公は貴族で所領もある。だが、彼女は……」
「何もありません。ドン・レミの田舎から出て来ただけですから」
 そう言ってしまってから、シモーヌは手で口を押さえた。
「兄上、乙女の身が危険なのではありませんか? 私は今すぐ乙女の所に行って……!」
 そう言って、そのまま部屋から出ようとする彼女を、アルテュールが止めた。
「慌てるな、シモーヌ! 今すぐどうこうということはあるまい!」
「そうでしょうか……?」
「考えてもみよ。今でこそ、山賊討伐に失敗し、精彩を欠いておるが、あの娘はあれでも『オルレアンの聖女』とまで言われたのだ。何かあれば、民衆やアランソン公達が黙ってはいまい?」
「それは、確かに……。では、どう仕掛けてくるのでしょうか?」
 すると、アルテュールは苦笑した。