───その年の一一月、乙女ジャンヌはダルブル卿の指揮の下(もと)、山賊集団の討伐に向かった。
 この頃、彼女と共に戦ってきたアランソン公やジャン・ド・デュノワは別の地域に派遣されていた。
 彼らは密かに彼女を守ろうと心に決めていたものの、国王の命には逆らえず、又逆らうことは彼女自身の意にも叛くことになるので、皆命令通りに動いていたのだった。内心、嫌な予感がしながらも。

 ジャンヌがダルブル卿と討伐に向かった山賊は、少しいわくのある者だった。リッシモンの政敵ラ・トレムイユを捕らえ、一四〇〇〇エキュの身代金と引き換えに釈放したことのある男、ペリネ・グレサールだったのである。
 ラ・トレムイユにしてみれば、ジャンヌがペリネをやっつければ昔の恨みを晴らせるし、負ければ彼女の立場を弱らせられる。どちらに転んでも、彼に損は無いのだった。
 ジャンヌはそこまでの事情は知らなかったが、シャルル七世の側近ラ・トレムイユについて良い噂を聞いたことが無かったので、何かあるとは薄々感じていた。それでも「人々の為」と言われれば、行くしかなかったのである。
 だが、ペリネの本拠地ラ・シャリテ・シュール・ロワールに向かったジャンヌ達は、国王シャルルから充分な物資を送ってもらうことが出来ない上に、彼女も傭兵隊長でしかなかった。
「今年は冬が早く来ておるというに、このように物資不足では、どうにもならぬ!」
 ダルブル卿の下、ジャンヌと共に参加したプーサック元帥はそう言うと、顔をしかめた。
「近くのクレルモンやリオンに物資の輸送を頼んでおります。もう少しだけお待ち下さい」
 そう言って頭を下げたのは、ジャンヌだった。戦いそのものより、物資の補給で大変な為か、少しやつれているように見えた。
この年は、ジャンヌ達がラ・シャリテ・ロワールに向かった一一月の末から既に凍りつくような寒さで、オルレアンからも重量級の大砲と砲手を送ったにもかかわらず、それを置き去りにして退却する羽目になったのだった。
「これ以上、凍死者や凍傷の者を出すわけにはゆかぬ」
 そう言って退却を決めたダルブレ卿に、ジャンヌも異議を挟まなかったが、会議の場となった中央のテントを出ると、足元の氷を足で割って蹴飛ばした。
「ジャンヌ……」
 そんな状況でも、傍にいた兄のピエールが声をかけ、肩に手を伸ばすと、彼女は彼を見ずにこう言ったのだった。
「分かっているわ! 退却するほかないってことくらい!」
 彼女はそう言うと、兄ではなく、近くで唸り、うずくまっている兵士達を見た。
 彼女とピエールは、司令官などという立場ではなかったが、今までのオルレアン等での功績から、暖かいマントやケープ、長靴が与えられていたが、下級兵士達にはそんな物は支給されず、凍傷などになる物が絶えなかった。
「オルレアンからの手紙で、ジャルショーに戻って休め、とあったのだろう? 色々思うところはあるだろうが、今はそのお言葉に甘えよう。ここにこのままいても、何もいいことなど無いのだからな」
「そうね……。そこに皆を連れて行ければいいのだけど……」
「それは……」
 今の彼らには、それを決める権限も無ければ、そこまでの金銭的余裕も無かった。
「私は無力ね……」
 ジャンヌは呟くように小声でそう言うと、ポロリと涙を流した。
 ――こうして彼女は、年代記作家ペルスヴァル・ド・カニーによると「大いに不満を抱いたまま」クリスマスにはオルレアンの東のジョルジョーに戻ったのだった。
「山賊討伐ですか? あの乙女が?」
 淡い色のドレスに身を包み、少し伸びてきた金髪を後ろでまとめた少女は、振り返って目を大きく見開いた。