「良くないものだったのだな?」
 その言葉に、ジャンヌは再び頷くと、ポロリと涙をこぼした。
「ジ、ジャンヌ!?」
 ピエールが驚きながらも妹を優しく抱きしめると、彼女はまだ近くにいる者に知られぬよう、声を殺して泣いた。
「ひょっとして、又、誰か死ぬのか?」
 その涙が枯れた頃、優しく背中をさすりながらピエールがそう尋ねると、ジャンヌは頷いた。
「誰だ? ひょっとして……俺か?」
 低く、小さな声でゆっくりそう尋ねると、彼女は首を横に振った。
「兄さんでも、アランソン公でもないわ。その……私よ……」
 彼女のその言葉に、それまで彼女をそっと抱きしめていたピエールの腕に力が入った。
「まさか! だって、お前はこうして、今もフランスの為に神のお告げが真(まこと)になるよう、努力しているじゃないか! なのに、どうして、お前が!」
「だから、天国には入れて下さるそうよ。でも、生きていられるのは、一年位だって。それ以上は……無理って……」
 そう言うジャンヌの両目からは、再び涙がこぼれ落ちていた。
「そんな! 何でだ? お前は、こんなに頑張っているというのに! 信心深く、誠実なお前だからこそ、ここまで来れたっていうのに!」
「殉教……というのよね、こういうのを。一応、信仰を捨てずに、神様の為に死ぬんだから」
「ジャンヌ……」
 まだその瞳からこぼれ落ちる涙を手で拭いながらそう言う妹を、兄は見詰めた。
「そんなことは言うな!」
「兄さん?」
 いきなり怒ったように自分をつき離してむこうを向いた兄に、ジャンヌは目を大きく見開いた。
「お前のことは、俺をはじめ、バルテルミさんやラ・イール様など、たくさんの方達が守っている。絶対、殉教なんて、させない! する必要も無い! だから、もう二度とそんなことは口にするな!」
「兄さん……」
 ジャンヌは両目に涙を浮かべながらそう言う兄を見詰めると、やがて微笑んだ。
「分かったわ。もう二度と言わない」
「それでいい」
 ピエールはそう言うと、微笑んだ。まだ少し力の無い笑みだった。
 お互い、少し無理した笑みを浮かべると、二人は小さく頷いて、そこを後にした。

 ――実は、ジャンヌが「一年以上は生きられない」と告げられたのは、これよりずっと前のシノンに着いた頃だった。不吉なお告げだったので、人に言えずにいたのだが、彼女とて、まだ一七歳の少女。彼女が捕えられるという言われた日が刻一刻と近づいて来ると、流石に怖くなり、口に出さずにはいられなくなったのだった。
 とはいえ、彼女は既に「オルレアンの乙女」。彼女の名を聞いて、まだついてこようとする者もいたので、兄のピエールにしか打ち明けることが出来なかった。
 だが、そのピエールも「もう二度と口にするな」と言った。
 頑張らなくちゃ! 私には、それしか出来ないんだもの。もう今更、泣いて立ち止まることなんて、許されないのだから……。
 一七歳の少女の悲壮な決意がそこにはあったが、それに気付いた者はいなかった。兄でさえも……。