シャルル王太子がオルレアンの南東のジアンを出発してから約一〇日後の七月一〇日、トロワの町の門が開かれ、代表者が町の鍵をシャルルに渡した。
「このトロワがな……」
 九年前の一四二〇年、この町では彼から王位継承権を奪うトロワ協定が結ばれた。そして、まだこの時にもブルゴーニュ派の守備隊がいたので、シャルルにとってはその出方が心配でもあったのだが、そんな彼にジャンヌがこう言ったのだった。
「三日以内に、愛によるか、刀によるか、勇気によるかは分かりませんが、いずれにせよ、トロワの町にお入れします。そうすれば、不誠実なブルゴーニュ派はすっかり仰天することでしょう」
――と。
 そして、その言葉通り、彼は中に迎え入れられたのだった。
 
 そのこと自体は、まだ良かった。
 だが、次第に色んなことが彼女の言葉通りになっていくことに、彼の中で恐れが生じ始めていた。
 使えるが……今の段階では使えるが、だが厄介だ。
 元々、実の母にも不義の子だから、王位継承権は無いと言われたことのある彼である。他人を信じられるような性格ではなかったので、余計だったのかもしれない。
 それでも、彼らはランスに進んだ。
 トロワに入ってから一週間後の一四二九年七月一七日、昔ながらの戴冠式がランスの大聖堂で行われた。
「気高き国王陛下、今や神のご意志が実現されました。神がお望みになられたように、私は陛下をこのランスの町にお連れし、聖なる戴冠式をあげて頂きました。これで陛下は本当の国王となられ、王国は陛下のものとなったことが示されたのです」
 戴冠式の後、ジャンヌがシャルルの前に跪き、こう言ったと記されているが、この後から彼の裏切りが始まったことはあまり知られていない。
「弟とは連絡がとれたのか?」
 ジャンヌ達と別れ、侍従のラ・トレムイユと二人だけになると、シャルルはランスで一番豪華な部屋でそう尋ねた。
「はい、陛下。陛下のご威光は既に伝えておきましたので、ご安心下さい」
 シャルルの側近中の側近、侍従のラ・トレムイユの弟、ジャン・ド・ラ・ トレムイユは、対立するブルゴーニュ公の側近になっていた。それを先日知ったシャルルは、その弟を通じて、和平交渉を行おうとしているのだった。戦のことしか頭に無いジャンヌ達には内緒で。
「期待しておるぞ」
 シャルルはそう言うと、ニヤリとした。
 彼は義の子であるがゆえに、フランス国王の継承権が無いと言い出した実の母が、先日、病で亡くなっていた。だから、彼としてはもう、ブルゴーニュ派と争う必要もないと思うようになっていたのだった。
 そして、実際、彼は一五日間の休戦と、パリを引き渡してもらう約束をした。それが、ジャンヌ達を激怒させることになるとは思わずに……。