「では、私は兄を呼んで参ります」
 そんな中、シモーヌは微笑みながらそう言うと、一礼してその場を後にした。
「あ……!」
 バルテルミと改名した彼女の夫バートがここにいると言おうと、ジャンヌは思わず声を上げたが、その時には既に彼女は群衆の中に消えていた。
「乙女?」
 彼女のすぐ隣にいた、一番年の近いアランソン公がそれに気付き、彼女に近寄って声をかけると、彼女は作り笑いを浮かべた。
「いえ、何でもありません。もう少しお話がしたかっただけです」
「そうか。まぁ、兄君がここに来られるということは、これからいくらでもそういう機会はあるだろう」
 アランソン公のその言葉に、ジャンヌも微笑みで応えた。
「何? リッシモンが加わった、だと! あいつめ、余があれだけ加わるなと釘をさしておいたというに、無視しおって!」
 アルテュール・ド・リッシモンの軍がロワール遠征軍に加わるのを良く思わぬ人物はそう言うと、持っていたコップを床に叩き付けた。
 ガチャンと言う音がして、ティーカップが粉々に割れたが、シャルルはそんな物を見もせず、窓の外の景色を見詰めた。
「どう致しましょう、陛下? 命令違反で捕えますか?」
 そう尋ねたのは、侍従にで割れたカップの掃除を指示したラ・トレムイユだった。
「そうだな……今、どの辺りにおるのだ?」
「順調にランスへの道の町を落としていると聞いておりますので、オーセル辺りでしょうか」
「オーセルか……。あの辺りも服従しそうなのか?」
「それがその……おそれながら、トロワやシャロンの出方を見ると言ってきているとか……」
「何!」
 目を吊り上げ、声を荒げるシャルルに、ラ・トレムイユは一瞬ビクリとしたが、すぐに深々と頭を下げた。
「陛下、ご心配なさいますな。すべては、あの乙女とやらに任せておけばよいのです。素直に町の者達が服従せぬ時は、すべてあの者のせいとなさればよろしいのですから」
「ふふふ、イギリス軍のことも、だな?」
 シャルルはそう言うと、ニヤリとした。
「左様にございます、陛下」
「ふむ、ならば、あのリッシモンも今少し泳がせておくとするか。共にランスに入り、余が戴冠してから責任を問うても遅くはあるまい」
「はい。それが宜しいかと存じます。いざという時の為、敵にも味方を配しておりますゆえ」
「ほう?」
 目を大きく見開くシャルルに、ラ・トレムイユは近付き、小声で何かを告げた。
「それは面白い! あの女狐も弱っておると聞く。いざという時は、その者も駒として使わせてもらうぞ!」
「御意のままに」
 ラ・トレムイユはシャルルから離れてそう言うと、再び頭を下げた。
「ふふふ。そうと決まれば、じっとしてなどおれぬわ。出陣の用意を! 余もランスへむかうぞ!」