「シモーヌ様、お久しぶりでございます」
 そんな彼女に、ジャンの傍にいたジャンヌがすっと近付き、そう言った。
「お久しぶりでございます、乙女。ご健勝そうで、何よりでございます」
 だが、声をかけられたシモーヌの方が彼女にひざまずき、頭を下げると、彼女は慌てた。
「何をなさるんですか、シモーヌ様! 貴女は、私の師匠ですのに!」
 ジャンヌのその言葉に、傍にいたアランソン公やジャン・ド・デュノワは目を丸くした。
「この女性騎士が、師匠?」
 真っ先にそう尋ねたのは、アランソン公だった。
「はい。私は、ドン・レミの田舎で育ち、剣の持ち方さえ知らなかったので、教えて頂いたのです。初歩の初歩ですが……」
「ほう」
 アランソン公が目を大きく見開いてシモーヌを見ると、彼女は少し頬を赤らめてうつむいた。
「いえ、私など、たいしたことはしておりません」
「そんなことないです! 役に立ってますよ! それに、その……読み書きも」
 そう言うと、今度はジャンヌが頬を赤らめ、うつむいた。
 どうやら、剣よりも読み書きの方が苦手なようだった。
 後に、彼女がリオンの町に向けた手紙というのが出てくるのだが、その一番下の自筆の署名は、お世辞にも上手いとは言い難い。だが、シノン城でシャルル王太子に謁見した時には、AもBも分からぬ程の文盲だったので、戦いの最中に懸命に勉強したと思われる。
「イギリス軍にも文書を何度かお送りになられたとお聞きしました。お忙しい中、励まれておいでなのですね。流石、オルレアンの乙女です」
「そ、そんな……。まだ下手ですので、本文は代筆して頂いて、署名する位しか出来ませんので……」
「充分ですよ。身分の高い方もたいてい、そうなさっておいでですから」
「そうなのですか?」
 少しホッとした表情でジャンヌがそう聞き返すと、シモーヌは微笑みながら頷いた。
「ええ。ですから、乙女はそのようなこと、お気になさいませぬよう。私がお教えしたのは、変な文書に署名されない為、なのですし」
「成程」
 本人のジャンヌより先にそう言ったのは、アランソン公だった。
「ここまで乙女の名が有名になれば、その名を騙(かた)る不届き者も現れるし、何よりイギリス軍が騙(だま)そうとするでしょうからな」
「ええ。兄もそれを懸念し、先に乙女の元に私を使わされたのです」
「聡明ですな」
 アランソン公がそう言って頷くと、少し後ろにいたライールも「流石はリッシモン殿だ!」と言った。