「あなたが、ですか……?」
 疲れた表情に、痩せこけた頬。少し伸びた無精髭の男を眺め回すと、ジャンヌはそう尋ねた。
「ああ、先日までイギリス軍の捕虜になっていましたので、身綺麗にしていなくて、申し訳ない」
 そう言いながら、アランソン公は自分を真っ直ぐ見詰めている少女をチラチラ見た。
「いえ、私の方こそ、自己紹介が遅くなって申し訳ありません。私は、ジャンヌ・ダルクと申します」
「矢張り、貴女がそうでしたか」
 そう言いながら、アランソン公ジャンは微笑んだ。やつれてはいたが、心底嬉しそうな微笑みだった。
「イギリスに囚われていても、貴女の噂は聞いていましたよ。降伏勧告を送られてきた時は相手にしなかったが、実際戦場で見ると、戦女神のようだった、と」
「女神は褒め過ぎです。私はただの乙女(ラ・ピュセル)ですから」
「ほう……。随分、聞いていたのと違うのですな」
 アランソン公の言葉に、ジャンヌは首を少し傾げた。
「そうなのですか?」
「降伏勧告が随分居丈高だったと聞いていたので、どんな偉そうな娘かと思っていたのですが、こんな恥じらいのある、可愛い乙女だったのですからな」
「まぁ、ありがとうございます」
 彼の言葉が素直に嬉しかったのか、ジャンヌが微笑みながらそういうと、デュノワがわざとらしく咳払いをした。
「ああ、これは、失礼致した。その……」
「私は、ジャン・ド・デュノワと申します。『オルレアンの私生児』と申し上げた方がお分かりになられますかな?」
「おお! 貴方があの、乙女と共にオルレアンを解放したという、オルレアンの私生児(バタール)ですか! お会い出来て、光栄です! 宜しくお願い致しますぞ!」
 そう言いながらアランソン公が手を差し出すと、ジャン・ド・デュノワは作り笑いを浮かべながら握手をした。
「こちらこそ、宜しくお願い致します。ですが、その……乙女と個人的に親しくなるのは、今少し控えて頂きたいのですが……」
「デ、デュノワ様!?」
 二人が同じ「ジャン」だったので、ジャンヌは思わず彼の姓で呼んでいたが、その顔は既に真っ赤だった。
「一体、何をおっしゃってらっしゃるのですか? 私は既にこの身を神とフランスに捧げているのですよ?」
「だからこそ、念の為に釘をさしておいたのだ。そなたとアランソン公は年も近いゆえな」
 デュノワのその言葉に、ジャンヌとアランソン公は顔を見合わせた。
 それからすぐ、ジャンヌは真っ赤な顔のまま、反論したが、アランソン公はそれを微笑みながら見守っていたが。
「それが侮辱だというのですわ! まぁ、私は一介の田舎娘ですので、貴族の方々からすれば、教養も何も無い、馬鹿な小娘とお思いになられても仕方がないとは思いますが……」
「神の加護はあると思っておるぞ?」
 デュノワのその言葉に、同意したのか、アランソン公も彼女を見ながら頷いた。
「それは私も同じです。神の加護があるからこそ、ここまでこれたと思っていますし」
 二人のその言葉に、ジャンヌは先程とは違い、頬を桜色に染めると、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。でしたら、どうぞ、この私にお力をお貸し下さい。ロワーヌ川周辺からイギリス軍を追い払い、王太子殿下がランスにお入り頂けるように……」
「確か、ランスで戴冠されるのでしたな?」
 そう尋ねたのは、アランソン公ジャンだった。
「はい」
「陛下がランスで戴冠なされれば、敵の力が弱まるとか……」
「ええ」
 微笑みながら頷くジャンヌを見て、アランソン公は何か言おうと口を開けたが、すぐにつぐんでしまった。