「……ということだ、ルイ。もうむこうに行きなさい」
「もう少しこの者と話がしたいです、父上」
「駄目だ。父もこの者と大事な話があるのでな」
「そうですか……」
 そう言いながら、ルイは心底残念そうにその小さな肩を落とした。
「では、此度はこれで失礼しますが、又、会えますか?」
 すると、シャルルより先にジャンヌが答えた。
「ええ、必ず。お父上をランスで聖別させて頂くときに、再びお目にかかれると思います」
「なら、よい」
 ルイは満足げににっこり微笑んでそういうと、ドアの外でハラハラしながら様子を見ていた侍女の方に駆けて行った。
「ランスでの聖別、か……。他の者はノルマンディーへの進軍を申しておるというに、そなたは相も変わらずランス、ランス、だな」
 シャルルが息子の後姿をチラリと見た後で、苦笑しながらそう言うと、ジャンヌは微笑んだ。
「それが私の使命だと思っておりますので」
「使命、な……。余には関係の無いことだ」
「で、殿下!?」
シャルルの思わぬ言葉に、ジャンヌは目を丸くしながらも彼に近寄った。
「で、殿下、でも殿下が戴冠式を行われましたら、敵は弱くなり、我々に害を及ぼすこともなくなりますよ? それは殿下にとってプラスになりこそすれ、マイナスの要因になりはしないと思いますが?」
「ほう……」
 シャルルはそういうと、まるで面白い物でも見るかのように、ジャンヌを見詰めた。
「そこまで申すのであれば、行ってやらぬこともない」
「殿下!」
 ほっとした表情でジャンヌがそういうと、シャルルは何故かニヤリとした。
「だが、ランスで戴冠式を執り行っても、敵が弱くならぬ場合は、分かっておろうな?」
「で、殿下?」
 シャルルの言う意味が分からず、ジャンヌが目を丸くすると、彼は再びニヤリとした。
「ふふふ……。今はまだ、分からずともよい。そのうち、な……」
 ジャンヌを表向きには信じ、認めたものの、シャルルはまだ心の底から彼女を信じた訳ではなかった。
 実の母に「不義の子」と言われ、フランス国王の座を継ぐのにふさわしくないとまで言われたことにより、彼女に限らず、他者をなかなか信じられなくさせていたのだが、この頃のジャンヌは、そんな彼の心の闇まで思いやることなど、出来なかったのだった。