「ランス、なぁ……。そういえば、先日もそう申しておったが、何故、あの地に、そのように固執するのだ?」
 その頃、ジャンヌ・ダルクはロッシュ城で、シャルル王太子にそう尋ねられていた。
「歴代の王が、そこで戴冠されたとお聞きしたからです」
「誰にだ?」
「聖母様や大天使様に、です」
 そう答えるジャンヌは、少しうんざりした表情になっていた。
 それもそのはず。この質問を彼女は何度もされていたからだった。何度尋ねられても、彼女の答えは同じで、それを確かめる為に、一見無意味と思われることをされているのだろうと分かってはいたが、流石に何度同じ返事をしても、その重い腰を上げそうにないシャルルには、いらだってきていたのだった。
「そなたがよく言う『声』か……」
 シャルル王太子はそう呟くように言うと、ここ数日と同じように腕を組んで遠くを見詰めた。
 今日もいつもと変わらぬ会話が続くだけかとジャンヌが落胆した時、彼が尋ねた。
「その『声』はどんな風に話しかけてくるのだ?」
「『神の娘よ、行け、行け! 私が守っている、行け!』です」
 これも又、先日答えたのと同じ答えだったのだが、それでもジャンヌは失礼の無いよう、表面だけは作り笑いを浮かべてそう答えた。
「神の娘、か……。そなたにだけそのように話しかけてくるというのが、不思議よな」
 そう言うと、シャルルはジロリと彼女を見た。心の底からまだ信用してはいないという表情で。
 そして、その場にいる彼だけが、彼女が彼の母と愛人の娘だということを知っていた。だから、暗に、不義の子のくせに、という想いもあったのかもしれなかった。
「父上!」
 その時、少し重苦しくなっていた空気を吹き飛ばすように、明るくかわいい声が響いた。
「ルイ! 何故、お前がこのような所にいる?」
 シャルルはそう言いながら、幼い少年の後ろからビクビクしながらついてきた侍女を睨みつけた。
 だが、ルイの方はそんな父の様子に気づかないのか、目を輝かせてジャンヌに近寄って行ったのだった。
「そなたが、オルレアンの乙女か?」
「はい。えーと……」
「余は、ルイじゃ。父上の息子のな」
 そう言うと、少年はチラリと父を見たが、彼はまだ頭を抱えていた。
「ここには入るなと注意しておったのに……」
「どうしても会うてみたかったのです、父上。オルレアンを解放したという聖女に」
「聖女だなんて! 私はただの乙女(ラ・ピュセル)です、殿下」
 ジャンヌがそう言いながら、まだ子供のルイに恭(うやうや)しく頭を下げると、シャルルは頷きながら咳払いをした。