「私は参加してはならぬとの仰せだ!」
「何故ですか? 兄上は、元帥閣下ですのに……」
「それは、二年前までの話だ。今はその地位も剥奪された。故(ゆえ)に、参加することはならぬとの仰せなのだ!」
「そんな……。殿下は、今の我が国の状況をお分かりになっていらっしゃらないのですね」
 シモーヌが悲しげな表情でそう言うと、アルテュールは頷いた。
「ああ、全く、な。あの方は、いつまで経っても子供だ。甘言(かんげん)しか聞こうとなさらない」
「何てことでしょう……」
「ああ、先が思いやられる!」
 そう言いながら、再び足でグシャッと書簡を踏むと、心配そうな表情でシモーヌが尋ねた。
「兄上、まさか、このまま黙って従われるおつもりですか?」
「いや。その件で、お前に一つ、頼みたいことがあるのだが……」

「完全にイギリス軍が撤退したぞ! オルレアンは解放されたんだ! 俺達は、自由だ!」
 シモーヌ・ド・リッシモンとその供のヨウジイがオルレアンに着いたのは、それから数日後のことだった。
 だが、数日経ってもまだ、オルレアンの町は、祝賀ムードに酔いしれていた。
 無理もない。一四二八年十月十二日依頼、七カ月もの間包囲が続き、一時は食料も尽きかけ、諦める者もいたのだから。
 その後、五〇〇年以上経った現在でも、一度も欠かすことなく、ジャンヌ・ダルク祭が行われていることからしても、その感謝や感動の想いは、語り継がれているといえる。
「完全に英雄ね。それとも、聖女様かしら?」
 オルレアンの町を見習い尼僧の格好で訪れたシモーヌは、そう言いながら辺りを見回した。
 その手には、見ず知らずの町の少女や女達から手渡された、水の瓶や花があった。
「ですが、もう既にここにはおらぬようです。国王陛下のおられるロッシュ城に向かわれたとか」
 ヨウジイがそう言った時だった。門の付近で歓声が上がったのは。
「戻って来たのかしら?」
 シモーヌがそう言うと、ヨウジイが短く「見て来ます!」と叫んで、その方向に走って行った。