「やったか!」
 その知らせを聞いた一人、シャルル王太子は、そう呟くように言うと、頷いた。少し苦々しそうな表情で。
「はい。そのせいで、あの娘の名を誰もが口にするようになりました」
 そう報告したのは、ラ・トレムイユだった。
「そうか。まぁ、よかろう。そういう駒も必要だ」
「ですが、あのリッシモンの手の者と通じているという噂もございます。ご用心なさいませ」
 ラ・トレムイユはそう言うと、宮廷の侍従がよくかぶる、銀髪を耳の横辺りで巻いたカツラを落とさぬよう気をつけながら、恭(うやうや)しくお辞儀をした。
「あやつとか!」
 シャルルはそう言うと、露骨に顔をしかめた。
 シャルル王太子とラ・トレムイユの二人は、シモーヌの兄、アルテュール・ド・リッシモンと仲が悪かった。
 シャルルは、一度は彼を元帥(connectable de France)の地位を与え、事実上、軍の最高司令官にしたものの、あまりにも率直に意見を言い、彼が可愛がる者にも私腹を肥やす機会を与えず、罷免したりしたために嫌ってしまったのだった。
 逆に、他の者達の信望は得、「正義の人(Le Justicer)」と呼ばれる程だったのだが。
「オルレアンの私生児(バタール)を始め、ラ・イール等が、ロワール川掃討の為にリッシモンの援軍も要請してきておりますが……」
 リッシモンが罷免した者の代わりとして侍従に推薦され、逆に彼を元帥の座から追放したラ・トレムイユがそう尋ねると、皆まで言わぬうちにシャルルが叫んだ。
「却下だ!」
 思わずにやりとする、ラ・トレムイユ。
「ついでにリッシモン自身にも、戦線に加わるなと命じておけ! 追放された身なのだ。田舎で大人しく蟄居(ちっきょ)しておれ、とな!」
「かしこまりました」
 ラ・トレムイユはそう返事をすると、頭を下げながら再びにやりとしたのだった。

「何だ、これは!」
 トゥーレル砦奪取の報を聞き、いよいよ自分も参加しようと、愛馬に跨ろうとしていたアルテュール・ド・リッシモンは、部下が持って来た書簡を見るなり、そう叫ぶと、それを地面に叩きつけた。
「兄上?」
 すぐ傍らにいて、同じく軽めの鎧を身に纏い、白馬の手綱を持っていたシモーヌがそう言いながら近付くと、彼はその書簡を足で踏みながらこう言ったのだった。