「乙女(La Pucelle)! 乙女よ、無事か!」
 手当を受けた後、オルレアンの町の礼拝堂で祈りを捧げていると、そう叫びながら男が入って来た。
「ラ・イール様! まぁ、オルレアンの私生児(batard d'Orleans)まで!」
 二人が揃って中に入って来るのを見て、ジャンヌは思わずそう声を上げ、顔を曇らせた。
「御二人とも此処に来られて、戦場は大丈夫なのですか?」
「そんなことより、そなたの体調だ! 大丈夫なのか? 本当に?」
 ラ・イールはそう言いながら彼女に駆け寄ると、その体を眺め回した。
「大丈夫です。胸に矢は受けましたが、王太子殿下が誂えて下さった鎧のお蔭で、かすり傷程度で済みましたので」
「それは良かった! だが、その……無理はするでないぞ」
 娘位の年齢とはいえ、年頃の若い少女なので、流石に胸の辺りを触る訳にもいかず、肩をちょっと触っただけでそう言うと、ジャンヌは微笑んだ。
「ありがとうございます。これからはこういうことの無いよう、気をつけます」
 その答えに、ラ・イールが満足げに頷くと、彼の勢いに押されて少し後ろで様子を見ていたジャン・ド・デュノワにジャンヌは尋ねた。
「あの、外はどんな様子なのでしょうか?」
「まだ攻めは続けているが、なかなか手強くて、中に入る所まではいかぬ。大工達職人も梯子を作り続けたりしてくれておるのだが……」
「そうですか……。多分、皆さんも攻め続けで疲れてらっしゃるのでしょう」
「ああ。怪我人もかなり出ておるしな。やはり、ここは日を改めて……」
「いえ、休憩だけにして下さい」
 きっぱりそう言うジャンヌに、ジャンは目を丸くした。
「乙女(ラ・ピュセル)……? まさか、又、お告げがあったのか?」
「はい。少し休憩をとって、再び仕掛ければ落ちると、お告げがありました」
「そうか……」
「ならば、そうしよう!」
 ジャン・ド・デュノワと正反対に、元気にそう言い、目を輝かせたのは、ラ・イールだった。
 彼のその言葉に、攻撃の司令塔となっていたジャンも従わざるをえなかった。

 そして、それから少し経ち、辺りが少し赤く染まってきた頃、ジャンヌは立ちあがった。
「今です! 今こそ、トゥーレルを落としましょう!」
 彼女がそう言い、旗を高々と掲げると、その近くで休んでいた兵士達も立ち上がり「おおーっ!」と雄たけびをあげた。
「ジャンヌ」
 馬に跨り、先頭に立って行こうとする彼女に、ピエールが近付き、声をかけた。
「何、兄さん?」
「この男を連れて行け」
 そう言って彼が背中をポンと押したのは、彼と同じ位長身で逞しいが、まだ少しあどけなさの残る顔の男だった。
「短剣も弓も使えるし、何より力がある。俺も出来るだけ傍で守るつもりだが、こいつもいると、心強いだろう」
「ありがとう、兄さん」
 ジャンヌが馬上から微笑みながらそう言うと、男は不器用そうに軽く頭を下げた。
「ジャン・ドーロンと申します」
「ジャンヌ・ダルクです。兄共々、宜しくお願いしますね」
 彼女は馬上からそう挨拶をし、娘らしい笑みを見せると、トゥーレル砦の方角を見た。
「では、進みましょう! 何としても、オルレアンを解放するのです!」
 そう叫ぶと、彼女は高々と旗を掲げた。
 さっきまで矢を胸に受け、怖いと泣いていた、ごく普通の少女の姿は、既にそこには無かった。
「乙女(ラ・ピュセル)に続け!」
 そんな彼女に触発された兵士達も口々にそう叫ぶと、トゥーレル砦に突進して行った。
 それは、とても荒々しい攻撃で、砦は瞬く間に攻略され、敵はそれを放棄した。そして、フランス軍は予言通り、橋を通ってオルレアンの町に入った――と、後に従者ジャン・ドーロンも回想している。
 そして、オルレアンの入城に関しては、無名の一市民が書いた『オルレアン籠城日誌』に「彼らは非常に喜び、この見事な勝利を与えて下さった神を称えた。無理もない。朝から夕方まで続いたこの非常に激しい攻防戦は、それまで長い間行われてきた戦いの中でも、最も見事なもののの一つだったからである」とも記述がある。
 この様にオルレアンの町を解放した乙女ジャンヌは、兄ピエールと共にその功を称えられ、かなりの金品が贈られ、現在でもその出納記録が残されている。
 それだけではない。たった一七歳のうら若き乙女の名は、武器商人等を介して、ヨーロッパ中に知れ渡ったのだった。