「ジャンヌ!」
 彼女を守るように傍にいたピエールが、その名を叫んで駆け寄ると、シャルル王太子が特注した鎧がほとんど衝撃を吸収し、かすり傷程度しか負っていないことが分かった。
「何だ。これなら、大丈夫だな。びっくりさせるなよ!」
 妹の傷の具合を見たピエールが、ほっとしながらそう言うと、彼女はそんな彼の前で涙を流し始めた。
「ひっく……ひっく……怖いよ……」
「ジ、ジャンヌ?」
 今までさんざん、早く戦いをと言っていた彼女が、突然普通の少女に戻り、恐怖心を顕わにするのを見て、兄の方が戸惑いの表情を浮かべた。
「お、おい、落ちつけって、ジャンヌ。まだ戦いの最中なんだぞ。こんな所でお前が泣きだしたりなんかしたら、士気が下がるじゃないか」
「でも……やっぱり、無理だったのよ。私なんかに、こんな大役。いくら聖母様や大天使様に言われたからと言っても、痛いのだって嫌だし、他の人だって傷つくのを見たくないもの!」
「じゃあ、帰るか? 尻尾を巻いて、ドンレミに戻るか?」
 兄のその言葉に、泣きじゃくっていたジャンヌの動きが止まった。
「折角シャルル王太子殿下がお前の為に鎧を誂えて下さり、デュノワ様をはじめとして、色んな方々がお力を貸して下ってるが、帰るか?」
「………」
 その言葉に、ジャンヌは黙ったまま、地面を見詰めた。
「俺は別に、それでも構わぬぞ。知らない人に命を狙われる危険だって、無くなるしな。だが、それで、後悔しないか? 自分を恥じたりしないか?」
「……きっと、恥じると思うわ。自己嫌悪にも陥ると思う」
 小さい声だったが、ジャンヌははっきりそう言った。
 その答えに、ピエールは微笑んだ。
「そうだな。お前は諦めが悪く、結構強情だからな」
「兄さん!」
 ムッとした表情でジャンヌが兄を睨みつけると、彼は微笑みながら妹の頭を撫でた。
「少し休め。命に別条は無いとはいえ、手当はせねばならんからな」
「ええ……」
 そう返事をすると、ジャンヌは兄に支えられて後退した。