「眠いのか? それって、ひょっとして、あまり食べてないからか?」
「そんなことないわ。ちゃんと、朝も食べたわよ」
「そうか?」
「そうよ! 兄さんったら、心配性過ぎるわ」
「そうは言ってもだな、もうお前は……」
 まだ口うるさく言葉を続けようとする兄を、妹は手で制した。
「皆まで言わなくても、分かっているわ。とにかく、私は休んでくるわね。安心したら、眠くなっちゃったみたいなんだもの」
「ああ……」
 まだ心配そうな表情の兄に軽く手を振ると、ジャンヌは自分にあてがわれた部屋のある建物の中に入って行った。
『……起きなさい、選ばれし乙女(ラ・ピュセル)よ。そして、剣をとるのです』
 心地良いまどろみの中、近くでそう言う澄んだ声が聞こえた。
『貴女は、聖女様ですか? 少し前とお声が違うようですが……』
 夢と自分でも分かるまどろみの中、ジャンヌが自分に呼びかけてきた声にそう尋ねると、まばゆいばかりの光が彼女の目を覆った。
『わたくしは……』

「皆さん、戦いの準備を!」
 ジャンヌの部屋に近い部屋で仮眠をとっていた副官を、彼女はそう叫んで起こした。
「神の名において、イギリス軍と戦うよう、お告げがありました」
 早々と鎧を身に纏ったジャンヌがそう言って胸の前で十字を切ると、まだ少し寝ぼけた表情の男達も慌てて飛び起き、鎧を身に付けた。
 その頃、ブルゴーニュ門から1Km程の所にあるサン・ルー砦では、ジャンヌに黙って攻撃を仕掛けたオルレアンの城兵が敗走し始めていた。
「やはり、時期尚早だったか……」
 ジャンヌがオルレアンに入城したことで士気が高まったのを見、仕掛けてみることを提案した男が、自分の判断を後悔し、撤退命令を出そうとした時だった。
「諦めてはなりません! 突き進むのです!」
 そう叫ぶ少女の声がしたのは。
「あれは、乙女(ラ・ピュセル)?」
 目を丸くする彼の前で、白馬に跨った少女は、フランス王家の旗を高々と掲げ、再び叫んだ。
「神は、我らの味方です! 恐れずに、突き進むのです!」
 彼女のその叫びに、共に走って来た兵士達は突進し、その姿に後押しされて、押されていた先発隊も再び攻勢に転じ、それがきっかけとなって劣勢が覆り、砦はフランス軍のものとなった。
 ――それが、ジャンヌの初めての戦いだった。