五月四日 水曜日。
「ジャンヌ、オルレアンの私生児(バタール)が戻って来られたぞ! ブロワからの援軍を連れて」
 兄ピエールのその言葉に、城壁の上から周囲を見回していたジャンヌは、慌てて下に降り、兄に駆け寄った。
「本当ですか!」
「ああ」
 彼の弟も、ヴォークルールから共に来た貴族メッスも同じ「ジャン」であった為、皆と同じように「オルレアンの私生児」と、ジャン・ド・デュノワのことを呼ぶようになっていた。
 そんな彼は、駆け下りて来た最愛の妹を優しく抱きしめた。
「それで、食料の方はどうなの?」
「それも、少し補給が出来たそうだ」
「良かった!」
 見慣れた妹のホッとした表情に、ピエールも思わず微笑んだ。
「まぁ、まだ余裕があるというのには程遠いがな」
「良いのよ! 少し皆の気持ちが落ち着けば、士気も上がるんだから」
「……そんなに早く戦いたいか?」
 口調も表情も、他の者にはあまり見せない「妹」のものだったので、つい、いつもの調子でピエールがそう尋ねると、急にジャンヌは遠い瞳(め)をした。
「少し怖いけどね……」
「当たり前だ! それが普通だよ。何の訓練もしていない娘が突然参戦して。恐怖を感じない方がおかしい。俺だって……」
「怖いの?」
 スッと近付いて来て、ジャンヌが彼にそう尋ねると、彼は頷いた。
「ああ。俺だって、騎士様や傭兵じゃないからな」
「そうよね……」
 ジャンヌはそう言いながら、兄を見詰めた。
「兄さん、どうかお願いだから、怪我とかしないでね」
「それは、こっちの台詞だ」
 ピエールは苦笑しながらそう言うと、妹の頭を撫でた。
「ここまで来た以上、もうお前の体はお前のものであって、お前だけのものじゃない。不用意に城壁に上るのも、もう止めておけよ。イギリスの司令官は、それでやられたんだ。こっちにだって、同じことが起こらないとも限らないんだからな」
「分かったわ。気をつける」
 ジャンヌがそう返事をすると、ピエールは微笑みながら再びその頭を撫でた。
「じゃあ、私、もう少しだけ休んでくるわ」
 兄に頭を撫でてもらって安心したのか、急に眠たそうな表情になった。