「会社の先輩でね、すぐに人間を二通りに分ける人がいるの」
「人間を二通りに分ける人間と、そうじゃない人間」
「そうそうそう、それ、私もいつもそれ言うの!だよね?」
「あと、女の前で泣ける男と、泣けない男」
「それだと男を二通りに分けてるから四分の一になっちゃうじゃん。バカだねえ、ダイモン」
「他人(ひと)に向かって平気でバカっていえる人間とそんなこと言わない人間」
「そうだね、その通り。私たちはふたりとも前者だね」

弓音はくつくつと肩を揺らしてとても楽しそうに笑っている。泣きたかった航の涙は胸の奥底のどこかに沈んだ。でも一度波だった胸の中の水面はいつまでも揺れている。

「そうやってすぐ笑う人間と、」
「笑うのはいいことだよ。楽しかったら笑う、楽しくなかったら笑わない。素直なだけだよ」
「じゃぁ、素直じゃない人間。俺みたいに」
「ダイモンは素直じゃん。じゃなきゃ今も会社員を続けていたでしょ」
「素直な訳じゃないよ、ただ」
「ただ、何?」
「記憶力が人より良すぎたんだ」
「じゃ、記憶力がいい人間と忘れっぽい人間」
「ゆみさんは、どっち?」
「どうだろうな、記憶力はいい方だよ。でも大人になったら忘れたほうがいいことは多いじゃない?」
「シャープペンを、頭に乗せる人間と乗せない人間」
「んん?なにそれ?」
「ゆみさん、高校生の頃、頭にシャープペン乗せてたじゃん。忘れちゃったの?」
「どうして知ってるの?」
「見たからだよ」
「そっか、同じ高校だったよね。そっか、なんだ、知らなかった」
「言わなかったから」
「どうして、言ってくれなかったの?」
「どうしても。」
「どうしても、か。どうしても、って言う理由を使う人間と、・・・」
「どうしても、分からないんだよ。どうしてあの時、ゆみさんのこと、高校の時から知ってましたって言わなかったのかな。どうしてあの時、野上先輩と付き合ったりしないでよって言わなかったのかな。どうしてあの時、風邪ひいちゃうから俺の部屋に行こうって言わなかったのかな。もしもたった一言何か言っていたら何かが違っていたのかな。そして、どうして、俺は、いつまでもいつまでも、そんなことを考えてしまうのかな。」

胸の奥に滴り続けている雫が細い細い糸になって航の胸はその糸にぐるぐる巻きにされて締め付けられるみたいに痛んだ。もう立派な大人になったのにこんな風に胸が痛むなんて。あまりに胸が痛くて今自分が紡いだ言葉の意味を理解できないほどだった。

沈黙が続いた。人差し指のささくれを撫ぜていた弓音が頬杖をついて大きく息を吐いた。

「バカだなぁ、ダイモン。やっぱり素直じゃないんだね。」

航は顔を上げて答えた。
「やっとわかったんだ、バカだね、ゆみさん」