それから、弟の諒だけれど……
あれから、ダンスの技を極めようと単身、アメリカ・NYへと渡った。
中学生の頃から英語を苦手としていた、あの諒が……!
決断を聞いたときには、ものすごく驚いた。
耳を疑うほどに。
『ヒップホップって、元々ブロックパーティーって言って、黒人差別から生まれた文化なんだ。
既存する文化(音楽・ファッション・アート)に新しいスタイルを生み出したダンスがヒップホップの走りなんだ。
“自分たちはここにいる・生きている”というメッセージを全身で表現したんだ。黒人も白人も関係ないよ。みんな同じ人間さ。
本場でいいものをたくさん吸収して自分のものにしてくるよ』
ダンススクールの先輩の影響を受け、本場仕込みのダンスをマスターしたいと言い出したのだ。
着のみ着のまま、バイトで貯めたお金を軍資金に、両親の反対を押し切って出発した諒。
その勢いというか、ヤル気には感服した。


