樹里は返事につまった。
メデューサに見つめられた人間のように固まってしまった。

「泊まってく?」と、声こそ小さいが、まるで「ジュース飲む?」みたいな言い方でさらりと言ってのけた一の意図がつかめない。

一の家に泊まる。その先にやましいことを想像してしまうのは樹里がもう純粋な少女ではなくなってしまったからだろうか。

樹里の代わりに拓海が反応した。むくりと突然起き上がり、樹里と一を振り返る。
まさか、今の聞こえて、

「焦げ臭い……」

樹里の心配も虚しく拓海は鼻をひくつかせて言った。確かに若干焦げ臭い。

「やべっ」

一が慌ててコンロの火を止めた。
シチューの底のほうが焦げ付いてしまっていた。

けれど樹里の舌はそんな焦げの味もわからないほど感覚が麻痺していて、頭の中はただ一の言葉だけがぐるぐる埋め尽くしていた。

「泊まってく?」

樹里は心の中で自分自身に尋ねてみた。
答えは出ない。

でも、これ以上、一を汚すわけにはいかない。

「先生、さっきの冗談だから気にしなくていいよ」

そんな樹里の迷いを見透かすように一が言った。
一は二杯目のシチューをおかわりしている。
熱いシチューを冷ましもせずに口へ運ぶ一は額にうっすら汗をかいていた。

隣では拓海が人参だけを皿の隅へかためている。