サイレント

一を置き去りにして隣の診察室を横切ると院長が笑いを噛み殺して樹里を見ていた。

「院長、盗み聞きなんて趣味が悪いですよ」

「歳を取ると自然と地獄耳になるもんでね」

「聞いてて気分の良い会話じゃなくて申し訳ありません」

樹里は厭味を言う。

院長は老眼鏡を外すと書きかけだった診断書をファイルにしまって立ち上がった。

「君は若いのに随分と身動き出来なくなってるね」

「……もう若くなんてありません」

本当に若かったならあの時迷わず飛び込んでいた。
自分の欲しいものに向かって真っ直ぐ。

それが出来なかったのは樹里が余計なものにばかり囚われていて、後先考えずに行動出来る程若くなかったから。

本当に若い、未来のある子の芽を摘むようなことが出来なかったからに外ならない。

単純に怖かった。

「あの子はもう病院に来ませんから、今まで迷惑かけてすいませんでした」

樹里は院長に頭を下げると受付へと戻った。