何が起こったのかわからなかった。

一が樹里の足元で土下座をしている。そんなありえない状況に樹里はただ一を見下ろすことしか出来なかった。

お昼休み時間。いつ誰が保健室の扉を開けて入ってくるかわからない。

「芹沢くん、あの、とりあえず頭上げて。立って?」

とりあえずこの状況を誰かに見られてはまずい。それだけは理解できた樹里は慌てて椅子から降りて一の前にしゃがんだ。

「ねえってば。やめようよこんなこと。ほら、やめてよ」

必死で言うが、一は頑として頭をあげようとしない。少し躊躇った後、樹里は一の肩を掴んだ。

「芹沢くん」

「……貸してくれるって言うなら、やめます」

「わ、わかった。貸す。貸すからやめて」

半ば泣きそうになりながらも樹里は頷いた。もう、何がなんだかわからない。
必要以上に一と関わらない。そう、ついさっきまで自分に誓っていたことも忘れて樹里は答えた。

一がようやく顔を上げ、樹里を見た。

ドキリと心臓が高鳴る。

「本当……?」

「本当」

「いくらでも?」

「え?あ、うん。貸せる額なら……」

一の思い詰めたような表情がふっと和らぎ、樹里はホッとする。

しかし、ホッとしたのもつかの間、一が口にした金額は樹里の想像を超えていた。

「とりあえず10万」

一はそう言って自分の肩に乗っていた樹里の手を握り締めた。