樹里の黒いボックス型の車の助手席に一が座っただけで普段よりずっと車内が狭くなったように感じた。

一は生徒たちの中でも背が高い方で、華奢なわりには目立った。

ベンチシートであるため、樹里と一の距離がますます近く感じ、知らず知らずのうちにハンドルを握る手に力が入る。

市立病院へ行った後、処方箋を持って薬局へ寄り、一の案内にしたがって樹里は車を走らせた。

一が曲がり角で指示を出す度、樹里の嫌な予感が大きくなる。

「そこ。そのアパート」

最近よく見かける形の一、二階が繋がったタイプのアパートを指差して一は言った。

「え、ここ?」

「うん」

一はさっさとシートベルトを外して車から降りようとする。
樹里は動揺しながらもドアを開けて降りていくその姿を見送った。

一は何も言わずにドアを閉めて玄関へ向かいかけたが、思い直したように戻って来て再びドアを少しだけ開けた。

屈んで樹里に視線を合わす。

「……お金、今持ってくるから」

「え?あ、別に明日とかでもいいよ。しんどいでしょ?早く休んだ方がいいし」

「でも」

「いいって気にしないで。じゃあ、はやく直して学校に来てね」

樹里はできるだけ教師らしく振る舞おうと優しい笑みを浮かべながら手を振った。

「……ありがとうございました」

パタンとゆっくりドアが閉められる。