――起き上がると、そこは馬車の上だった。
まず第一に、オレンジ色の空が視界に入り、次に御者さんと馬に気がつく。
何か、また夢を見ていたような気がする。でも今回のはよく思い出せない。夢ではよくあることだけど、今は違くて……自分自身に制限をかけているような感じがする。
「……紡?」
意味もなく馬をボーッと見つめていると、隣から聞き慣れた声がした。
横を向けば案の定、先生だった。驚いたような心配するような表情で顔を覗きこんでいた。
そういえば、なんで私馬車に……?
そんなことを考えているうち、段々と、今までの記憶が頭に呼び起こされていった。
そうだ、私変な奴らに絡まれて、剣を交えたんだ。
斬られそうになって、目をつぶった所までで記憶はぷっつりとだえているそれでどうしたのか、全然覚えてない。
思い出そうとすると、なんだか……思い出してはいけない気がする。
困惑する私に、先生が口を開く。
「あの悪党はちゃんと捕まったよ。紡は気絶してたから、馬車乗り場まで連れてきた」
先生の口調は淡々としていてどこか怒っていた。
……怒っている理由は私が一番よくわかっている。
「……紡。私、知らない人についてっちゃダメって教えなかったっけ」
「ついてったわけじゃないですよ!薬草買った後、あいつらに尾行されてて、私が路地裏におびき寄せたんです!そしたら仲間が出てきて……」
そこまで言って、気づいた。先生の冷たい視線が私に突き刺さっていることに。
冷たい汗が背中を流れる。
「へえ?つまり紡から闘いをふっかけたんだ?それで俺の言いつけも守らずに抜刀したと?」
先生がニコリと黒い笑みを浮かべる。先生の一人称が"俺"に変わった時は危険信号。本人は無意識にやってるから尚更怖い。
「ご、ごめんなさい……」
焦った私は冷や汗をだらだら流しながら直ちに謝る。
幸い、先生はすぐにふっと表情を和らげ、軽くため息をついた。
「全く。……本当に、無事でよかった」
私の髪をくしゃっと撫で、優しい顔で微笑む先生。昔から変わらないその笑顔に、暖かい気持ちになった。