県立実成高校は、県の中では進学校と呼ばれる高校だ。
二人はその門を今日、初めてその制服でくぐる。
やはり進学校だけあって、周りの生徒も真面目な顔つきをしている。
「入学式とか面倒。どうせ誰も聞いてない話を何でするのよ」
「そういえば、私、そろそろ行くよ」
「は?何処に?」
「体育館。じゃあまた後で」
「ちょっと待って」
首根っこを掴まれ、心優はグッと声を漏らした。
「千佳子、どうしたの?」
「どうしたのじゃない。入学式まで時間あるわよ。今入っても入れてもらえないって」
「でも、入学式の30分前には体育館にって言われてしまった」
「え、誰に?」
「高校の方に。入学式の打ち合わせというのは大変だ」
「・・・?
生徒会にでも入ったの?」
しかし、入学前の生徒を生徒会に入れる高校なんてあるだろうか。千佳子は思う。
すると心優は変わらない微笑みを浮かべて言った。
「いいや。入学式で話して欲しいと言われたから」
しばしの逡巡。
そして千佳子は理解した。
「あ、あんたっ・・・中学に続いて高校でも、新入生代表!?」
「そうらしい。こんな名誉を与えられてとても嬉しいよ」
心優は見た目通り、いつもほわほわしている。言動もきびきびしたものではない。
しかし頭は別。
心優を扱う先生の態度から、それが相当の物だと千佳子は知っていた。
「・・・あんたなら、もっと上狙えたでしょ」
県内の進学校とは言え、たかが知れているし、もっと上の高校も県にはある。
心優のレベルがどれ程かはわからないが、行けるところを行かない理由が千佳子にはわからなかった。
自身の能力値でこの高校を選んだ千佳子は、つい拗ねたような口調で心優に告げる。
「先生のようなことを言うね、千佳子」
「やっぱり言われてたの」
「うん。
・・・―私は、ここが好きだから」
「実成高に思い入れでもあるの?」
「ああ、そうではない。
ここ周辺の土地が好きなんだ。体に合う」
「・・・何それ。婆臭い」
「毎日お風呂に入っているが・・・思春期というのはやはり朝夕2回入るべきかな」
「そうじゃなくて・・・あーもう!私、教室行ってるから!」
「うん。入学式で」
数歩行ったところで、千佳子はピタリと立ち止まった。心優は首を傾げる。
「せ、せいぜい頑張れば!噛まないと良いわね!」
そしてまた歩いていく。
心優は千佳子の後ろ姿を、微笑みを浮かべて見送った。
「・・・―本当に優しい子だ。あの人の子は」
