花明かりの夜に

(そんなわけ、ないでしょう?

――わかってるくせに)


あの日、持ちだしたわずかな荷物の中に、紫焔がくれた本もひっそりと入っていた。

あれだけはどうしても置いていけなかったのだ。

毎晩、見知らぬ異世界へといざなってくれた、あのすばらしい本。


「――沙耶。

こんなところにいたとはね」

「……」

「ここではすみれと名乗っているの?」

「……」

「何か言うことはないの? ――わたしに」


つよく手首を握ったまま、おだやかに掛けられる声。


「……」