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『今夜、残業だから。』
朝、夫はそう言って出勤していった。
見たことないシックな紫色のネクタイをしていたことに私は気づかない振りをして見送った。
私が鈍感でバレないからと、夫は堂々とそれをしてるのだろうか?
夫の趣味じゃないそのネクタイに私が気づかないと思ってるの?
「……さん。佐和さん。」
「え、あ、隼斗くん。おはよう!」
考え込んでいたから、起きてきた隼斗くんが立っているのに気付かなかった。
慌てて挨拶はしたものの、何故かあまり顔を見れない。
どうしてかって言われると…
「ぼーっとしてどうしたんですか?
具合でも悪いとか…」
「ううん。何ともないよ、元気②!」
「そうですか。」
あの日のキッチンでの出来事が頭から離れないからなんて…。
「隼斗くん、お仕事は?」
「今日は休みをとって、引っ越しの準備をやろうかと思ってます。」
バシャバシャと男らしく顔を洗って、ゴシゴシとタオルで拭きながら、そう話す隼斗くん。
そっか、新しい部屋に荷物を運んだりしなきゃいけないもんね。
ってことは、もうすぐ彼の居候も終わっちゃうんだよ…ね…って、
何さみしがってんの、私!
「何か私に手伝えることあったら、何でも言って?」
何気なく言った私の申し出に、
「じゃあ、お言葉に甘えていいですか?」
わざわざ私の近くまでやって来て、背の高い彼は私を優しげに微笑みながら、下見ろした。



