母さんは出かける準備をしていて、それをぼーっと見るけど、
体が動かない。
あんな奴どうでもいいはずなのに。居なくなってくれたほうが毎日嫌な奴の顔を見なくてすむと、嬉しいはずなのに。
死んで詫びろと、ずっと思っていたはずなのに。
なのに、
胸が千切りとられるように痛くて。
心臓の音が耳まで確かにはっきりと響いて、自分の体がどんどん固まっていくのが分かる。
でも、
「…死んで当然だ、ろ」
口から無意識にこぼれる言葉は、やはり憎悪にまみれている。
母親は男と浮気して出て行って、腹違いの妹には嫌われて、新しい母親には暴力を受けて、父親は再婚して娘を利用していてかつ詐欺師で、友達は誰一人としていなくて、彼女を唯一助けたうちの家族を裏切った裏切り者の彼女にぴったりの人生じゃないか。
どんどん彼女を蔑むような言葉が出てくる反面、彼女を心底愛していた昔の自分が悲痛の叫びを上げている。
「あなた、黎ちゃんと付き合っていたんじゃないの? つっ立ってないで病院行くわよ。急ぎなさい」
「……びょ、ういん? 別に急ぐ必要なんて…」
もう死んでいるのに、急いだって何も変わらないじゃないか。

