雪の夜。
彼に会うために、駅に向かった。
空からは、ふわふわ雪が舞い降りている。
走っているから、寒くはない。
こんな日は、時間通りにバスは来ないし、タクシーも、繋がらない。
待ち合わせまで、あと15分。
走る速度を速めた。
いつの間にか取れたフード。
髪には、ふわりと白い雪が絡んでいた。
駅に着くと、まだ彼はいなかった。
雪で電車が遅れているアナウンス。
夜7時すぎ、待ち合わせから30分すぎて、一通のメールが届く。
彼から?
手袋を外して、震える指で携帯を操作する。
浮かび上がった4文字。
「別れよう」
電話をかけると、後ろから女の子の声がした。
「メール見ただろ?そういうことだから。もうかけてくんなよ。」
最悪最低の雪の夜。
降りしきる雪の中を、行く当てもなく歩き出す。
ふと立ち止まり、空を見上げた。
この雪のせいで、彼にフラれたんだ。
雪なんか降らなければ、彼にだってフラれていなかったはず。
勝手に雪のせいにした。
「雪のバカ。」
誰も足跡のつけていない、ふわふわな雪の上に、ペタンと座り込んだ。
流れ落ちる涙が、雪をとかしていく。
「ねえ。」
突然後ろから声がかかり、驚いて振り向いた。
「俺、バカじゃねーし、それに暑いし。」
薄着の若い男性が、困った顔をして立っていた。
「…な、なに?」
一気に怖くなって、もっと涙が溢れて落ちる。
「だから、それ、暑いからやめて。」
スーッとと伸びてきた指が、私の涙をすくい取る。
「あっつ!」
男性は後ろに跳ねて、尻餅をついた。
私は、呆気にとられたまま動けない。
パンパンとお尻を払って立ち上がった男性が、私に手を差し出した。
「ほら。」
「なに?」
「手、だせよ。」
躊躇する私の右手を、手袋の上からぎゅっとつかんだ。
「わっ!」
瞬間、ふわっと空高く浮かび上がる。
「や、何これ?」
男性の方を向けば、私を見て目を細め微笑んでいた。
「今からゆっくり降りる。」
「お、降りるって?」
ふわふわな雪が、私たちを避けるように、ゆるく舞い降りている。
「降りたときには、今日あった嫌なことも、嫌な言葉も、嫌な気持ちも、忘れられるから。」
驚いて声のするの方に顔を向けると、男性は、空いた片方の手で、私の頭をポンと叩いた。
触れられた場所から、小さなトゲの形をした氷が飛び散った。
「君の涙の元。心に刺さっていた棘だよ。」
不思議だ。
あんなに痛かった心が、だんだん軽くなる。
「さ、行くよ。」
そう言うと、ゆっくりふわふわと、私たちは地上に降りた。
あれ?もう、悲しくなんかない。
胸も痛まない。
いつの間にか、涙も消えていて、明日も頑張ろうって思う力が湧いてくる。
「よくわかんないけど、なんか、元気でてきた。ありがとう。それよりあなた、誰?」
男性は、さっきまで私が座っていた場所に歩いていく。
立ち止まると空を見上げ、ゆっくり目を閉じた。
「空気があたたかくなった。もうすぐ雨に変わる。」
私の質問には答えずに、静かにつぶやいた。
「雨?」
「さっきの君の涙、雨が降ってきたかと思って驚いたよ。」
「言っている意味が、全然わからないんだけど…?」
私が、わからないと首を傾げると、男性はゆるく笑って、私の肩をポンと叩いた。
今度は、トゲじゃない。
綺麗な雪の結晶が、キラキラ飛び散った。
「よし、もう大丈夫だな?じゃ、俺はそろそろ行くよ。」
空を見上げれば、雪は雨に変わっていた。
「お前が泣くと、俺、すぐいなくなっちゃうんだから、
…あんまり泣くなよ。」
…えっ?
振り向けば、誰もいない。
私の肩に小さく積もった雪。
解けないようにと、そっと手で覆った。
〜end〜