Tears Of time

 日差し穏やかな初夏の森。何百年、何千年と共にした我が大地。木々が鳴く。水が鳴く。小鳥が鳴く。花が鳴く。すべてのモノが生きた証に残していく純粋なさえずりは、俺の常で俺の生きた証。彼らが生きることが俺の存在をあらわす唯一の象徴になるから。
 人の住む土地から遥かに離れた山にある神殿、それが俺の場所だ。神殿というよりも何百年か前に人間が建てた“神の家”らしい。その頃の人間は人間たちだけの理由で俺たちを崇めた。最初は気味が悪かったけど、供物くれるし悪い気はしなかった。
 だけど、もう人間たちは変わった。たった千年程度で驚くほど嫌々しい生きモノになった。俺は人間が憎い。俺の家が人間が作ったモノなのだということも心底気色悪い。離れられないのは、人間がこの神殿に付呪を施したからだ。俺はこの森から山から一歩も出られない。
「……。」
神殿の屋根からお山を眺める。あの時とは違うお山。数百年前まではどこもかしこも緑が生い茂っていて、湖も棚になるほど溢れかえっていたのに…。
(…全部、人間のせいだ。)
この付呪も、神殿も、俺の願った世界には存在しない。
「…!!」
俺は屋根から飛び、お山で一番高い木の上に立った。俺はお山の麓へ神経を研ぎ澄ました。
(人間が来る!)
方向からしてここに向かっているようだが、その人間からは邪気を感じない。
木々を切り倒していく人間たちからは邪気しか感じないのに。
しばらく考えていたが、どうせ時間が建てば来るとまた俺は神殿に戻った。

 夕刻になって、ようやくその人間が来た。
(!女だ。)
女だった。しかも、まだまだ少女の面影を残す子供。
女は息を切らしながら、神殿までの坂を歩いている。その姿を見て気付いた。
(なんだ?あの衣…、少し前までは女は皆着物をまとっていたはずなのに。)
歩いて来ている女はひらひらと揺れる白い布一枚まとっているだけのように見える。両肩に白い布とつながった紐が結んであるだけで、…なんというか、一応俺も男の神様で、…とにかく今の人間は面妖な格好をしているものだ。
と考えているうちに女が神殿に着いた。
神殿やその周りを見ている。何か探してるように見える。女がこちらを見上げた。俺は現在屋根にいる。女には俺は見えない。
俺が拒絶したのだ。もう、人間とはふれあいたくないし、話したくもなかったから。
「…ねぇ、あなたが森神さま?」
…………………………え。
「………違うの?」
この女、俺が見えてるのか?もう何百年も誰とも話してない。
驚きで口が開けないでいると、女は勝手に判断したようで、神殿の中へ侵入しようとし出した。
「ま、待て!女!」
思わず、呼び止めてしまった。女は動きをピタリと止め、またこちらを見上げた。
「…話せるんじゃない。…名前、教えて欲しい。」
さっきから、頭の中で整理ができない。何故、人間が俺と話せてる?見えてる?この女、人間じゃないのか?
「…わたしは、天原 由来。」 
何を考えても仕方ない。今は話してみよう。
「………俺は、素戔嗚尊。」
「スサノオ?神話の?」
俺は、ムッとした。また、人間の理由が現れ出たから。
「俺はお前たち人間が作った“神話”など知らぬわ。俺は今ここに生きているし、勝手に過去に仕立てるな。」
「そうだよね!生きてるよね!ちゃんと姿あるんだよね?!」
いきなり女…ユラが声を張り上げた。頬が紅潮している。
「お前も人間なのだろ?何故、俺が見えるのだ?」
これが気になっていた。
「………私、人間に見えないかなぁ?」
「どこからどう見ても人間だ。」
それ以外の何に見えるというのだ。
「良かったぁ…。ありがとう。」
何故、お礼?
「他の人には私、人間じゃないんだって。」
ユラは神殿石垣に腰掛け、言葉を続けた。
「みんなにはできない事、できるから。」
ユラが話している間、俺は考えていた。
(ユラは俺の憎む人間と違う気が…する。)
直感的に感じてしまった。
「あなたが見える事も、そのひとつ。」
「妖魔や神が見えるという事か?」
「うん。」
「何百年か前は人間たちは俺たちが見えていた。」
「え?今は?今は何で見えないの?」
ユラは屋根にいる俺に必死に問い掛けてきた。それに答えるのは容易だ。
「俺が閉じた。」
ユラは目を見開いて、俺の言葉を復唱した。
「とじ…た?」 
「俺は人間が嫌いだ。俺が拒絶すれば、他の妖魔も人間には見えないだろうな。」
「…………。」
それから、ユラは黙り込んだ。
(ユラは何なんだろうか?)
人間にしか見えない容姿、だが本人すらも疑う人間以外の自分の存在。
俺も、ユラが人間には無い神気を感じる。
懐かしい…気持ちがじわじわと溢れてくるようだ。
「…私、人の友達いないの。できるの妖魔さんとかだし。」
「何が悪い。」
妖魔に悪い奴はいないと確信できる。
「悪くない、悪くないけど…同じ同類の人と仲間になれないの。嫌われてるの。」
だんだんか細くなるユラの声や、表情に俺は違和感を覚えるばかりで、どうしてやればいいかわからなかった。
(…ん?)
その前に何故俺がこの女の為に何かをしてやらなければいけないんだ?人間は憎むべき相手だ。
「生涯に通じる話なら、お断りだ。今の人間の世は俺には理解できない事ばかりだからな。用が済んだのなら、帰れ人間。」
(用?そういえばこの女の用は何だったんだ。)
「…わたしは、あなたに会いに来たの。」
聞いてもないのに、答えが返ってきた。
「何故俺に?」
「あなたなら、変えてくれると思ったから。…さっき、あなた言ったよね。あなたが私たちを拒絶したから、人は妖魔やあなたが見えなくなったって!なら、あなたがまた受け入れれば…!」
「黙れ…っ!!!!!!」
俺が叫んだ瞬間、森が荒々しく騒ぎ始めた。風は轟き、土が揺ら立つ。俺の怒りが森を通して、表れてるのだ。
「きゃああ…っ!」
ユラはいきなり揺れ出した大地に支えを失い、地面に倒れる。
こんなにも弱い。こんなにも力がない。
自分の身体さえ守れず、他人任せの人間の頼みなど何故聞かなければいけない。
「ふざけた戯言を言うのはもうやめろ!!
俺はお前たち人間が憎くて忌まわしくてっ、今ここにお前が息をしているのもおぞましい!なんて身勝手な事ばかり申すのだ!お前たちのその身勝手さに、俺は拒絶したんだ!」
ユラは言葉を失って、俺をじっと見つめている。そうだ、何も言うな。もし、反発しようものなら、俺は殺してしまいそうだ。
「お前が言う同類、俺の仲間はお前たちに殺された!殺され続けているんだ!森を奪い、生きモノたちの命を奪い、自由を奪う!常の如く木々を切り倒し、その土地を自分たちの物にする!」
「で、でもそれは私たちも生きる為に…っ!」
「ならば言うが、森を開拓しなくても少し前のお前たちは生きていた。変わったのはすべてお前たち人間の行いのせいだろう?!」
「………っっ!」
俺が言葉を発する度、大地が大きく震え、周りに火がたち始めた。
ユラは逃げるように大きな石の陰に逃げた。
(………あ。)