7.
煙りは消えていた。
体は震え、恐怖に今にも
押し潰されそうだった。

でも、質問の答えははっきりしていた。

「おれは高校生ではない。

幸せな日々を送っていた高校生時代に
気持ちが戻っていただけだ。

おれは、千華も春希も捨てた最低な人間。」

そして、意識はアルとウルへと戻った。
ウルが話を始めた。

「そう。あなたは許されないことをした。
この世界は幸せ以外受け付けないように
できてる、

あなたを守るために
あなたが創ったものだから。

だから、あなたの記憶は
ひとときの幸せだった高校生の時で
止まってる。」

「あの日、あなたは春希を殺そうとした。
それは、春希を守るためだとしても、
許されないことだとあなたは気づいた。

そして絶望した。

自分が最も憎んでいた父親よりも
最低なことを自分がしていたから。

自分で自分がコントロールできない
恐怖をあなたは感じた。

そして考えた、

どうしたら春希を幸せにできるか、

自分に何ができるのか、

そして、何もしないほうが、
春希は幸せになれる。

春希の幸せを怖そうとしているのは
紛れもなく自分なんだ。

それが答えだった。

だから死を選んだ。
でもあなたにとって死は
一番の恐怖だった。

だからこの世界に来ようとした。

そして、首をつった…。」


「後悔はしてない。」


そういったけど、
自分に言い聞かせただけだ。

春希を愛してる。

今すぐ会いたい、抱きしめたい。

千華にだってもう一度会いたい。

千華は幸せだっただろうか、
最後にあの笑顔を見たのはいつだったか、

もっと楽しく過ごせばよかった。
いろんな所に行って、
いろんなものを見て、

もっと毎日を大切にして…

残ったものなんか…後悔だけだ。

涙があふれた。止まらなかった。

悔しい、悲しい、
ただ穏やかに暮らしたかっただけなのに、
そんなこともかなわないのか。

せめて千華と春希は
幸せになってほしかった…
春希は幸せになれただろうか…




目を覚ましたとき、
お父さんはいなかった。
でもすぐに、
おばあちゃんとおじいちゃんが来た。
今日からお泊りだってお父さんが
いってた。どんな人なのか
よくわからないけど
お父さんはいつも頑張っているから

ぼくも頑張るときめた。

「春希、お父さんはどこ?」

「分からない。」
おじいちゃんの声は優しそうだった。

おじいちゃん達はいろんな部屋を
探し始めた。ぼくは本、読んでいよう。

「隼人くん!!!!」

「どうして…」

叫び声がきこえた。
お父さんの部屋の方を見ている。

どうしたんだろう?

おばあちゃんとおじいちゃんは
何度もお父さんの名前を呼んでいる。

おばあちゃんはどこかに電話してて

おじいちゃんは
部屋の中にはいっていった。

怖くなった。
お父さんに何かあったのかな。

恐る恐る部屋を覗くと、お父さんがいた。

でも動いてない。

本当にお父さんなの?

どうして動かないの?

おばあちゃんはぼくに
お父さんを見せないようにした。


でも何度もお父さんを呼びつづけた。


「あなたが首をつっているのを見つけたのは
千華のご両親だった。
それはあなたの予想通りだった。

春希には何が起きているのか
分からなかった。だけど
お父さんに何かあったんだ。
それは分かった。

ご両親の異常な慌てぶりに春希は怯えた。

怯えながら部屋の中で春希が見たものは
いつもとは全く違うあなたの姿だった。

千華のお母さんは春希の目を手で覆った。
でも、春希の脳裏にはあなたの
変わり果てた姿が何度も浮かんだ。

春希は何度もあなたを呼んだ。
あなたが母親を呼んだように。


でもあなたにはその声は届かなかった。」


でもそうするしかなかったんだ。

「これで、春希は幸せになれる。」

「いいえ。」

アルはきっぱりとそういった。
一番の聞きたくない言葉だった。

「なんでだよ。」

「あなたは春希の幸せのために首をつった。
たとえそのことに春希がショックを
受けたとしても幸せのためには
自分は消えなくてはならなかったから。」

「そうだよ!
おれは正しい選択をしたんだ!」

「それは違った。」
「なんで!!」


「春希にとっての幸せが何なのか!!!!」

アルの大きな声をはじめてきいた。

「それをあなたは分かってない!!!!」

考えたはずだった。だけど見失ってた。
でも、おれが求めてたのは幸せな日常。
おれがいないほうがそれは
実現できると思った。

「楽しい毎日を送ること。」

「それは、あなたの幸せ。」

「じゃあなんだよ。春希の幸せは…」

「あなたが側で笑っていること、
あなたと一緒に暮らすこと。
隼人と、千華の存在が、
彼には一番の幸せだった。」

おれと同じだ…。
おれの幸せが春希なしでは
成り立たないように春希の幸せも、
おれと千華がいないと成り立たない。

「だったらおれは結局…
この手で春希の幸せを壊したのか…。」

だったら、何のためにおれは死んだんだ。
誰も幸せにできてない、
すべて無駄だった。

このまま、後悔し続けるのか…

こんな真実なんて…


「知りなくなかった…。
ここは幸せしかない世界のはずだ!
なんでこんなこと…
知らないほうが幸せだった!!」

「こうでもしないと、
隼人は同じ過ちを繰り返す。
あなたのために
この世界を壊すと決めたの。」

「繰り返すってもう終ったことだろ!?」

「まだ終ってない。」

「終ってないってなんだよ。
おれ死んだんだろ…?」


アルもウルもなにも答えなかった。

「おれ…死んでない…?」

二人は黙って頷いた。

信じられなかった。助かっていたなんて。
きっとすぐに病院にはこばれたんだろう。

でも、これからどうしたらいい?
アルとウルは
おれにどうしろっていうんだ。

「隼人、目を覚ますべきだと思う。」
「わたしもそう思う。」

今までで一番優しい声だった。
でも、覚ましたところでどうすればいいか分からない。
千華がどうなっているかも分からない。
春希はきっと自分を恨んでいる。

「春希はあなたを恨んでいる。」
アルとウルは心が読めているみたいだ。

いつもおれの一番痛いところをつく。
それもきっとおれのことを
よくわかっているからだ。
分かっていて、わざと言っている。

「だけど、それよりもあなたを愛してる。
あなたが目を覚ますのをずっと待ってる。」

おれの存在を
必要としてくれている人がいる。

それ以上の幸せがあるのか。
それ以上何を求めればいい?
ただそれだけで十分じゃないか。

「隼人が信じれば不幸も幸せになる。
千華のことだって
隼人が千華を信じて応援してあげたから
母親の死という不幸も
千華にとって幸せにもになった。」


「大切なのは前を向くこと。」


二人も背中を押してくれている。
これから見る世界が
どんなに残酷だったとしても
きっとそこにある幸せもある。

そう信じる。

「元の世界に戻るよ。」

アルとウルはこの言葉を待っていたんだ。
そのためにこの世界を壊した。
二人に、迷いはなかったのだろうか。
二人の居場所はここでしかない。
だが、ここの存在価値は
もうなくなってしまう。
誰かを思うと、
人はここまで強くなれるのか。


「大丈夫、
ここはなくさない。また来るよ。」

優しさで言ったつもりだった。
喜ぶと思ったが
そのときの二人の顔は悲しかった。

「それはだめ。この世界はなくなるべき。
元の世界に戻ったらあの人形を燃やして。」

どうして、
悲しいことばかりいうのだろう。

きっと、
おれの気持ちがわかっているはずなのに。
アルとウルを大切に思っているから
失いたくない、その気持ちが、

なぜ否定されるのだろう。

「なんで。」怒りと悔しさを込めた。

「あなたが幸せになれないのはここのせい。
この世界自体が
現実と夢を引き離しているの。」

そんなことない!
大声でそう言いたかった。
だってここには大切なものがある。
失いたくないものがある。

「それに隼人に呪いをかけているのは
父親じゃなくて、母親の方。
逃げても答えは出ない。」

そんなの、分かっていた。
お母さんがもういないことに
向き合っていない自分がいた、
そんなのはもう痛いくらい分かってる。

だけどアルとウルは消えてほしくない。
言い訳を考えたけど出なかった。

「もう絶対ここには来ないで。
弱くて、すぐ逃げて、そんなのずるすぎる。早くいなくなって。」

心がいたかった。そう言いながら
アルとウルは泣いていたから。

その涙の意味を自分は
わかっているきがする。

「さよなら、隼人。」



別れの言葉くらいいえばよかったか。
ありがとうともう一度
伝えればよかったか。
意識が離れていくとき
いろんな思いが巡った。

あぁ、手伝うだけとか
言っといて、いろいろなことを
教えてもらってしまった。
そして、一番傷をわかっているのに
どうして傷つけるのかも、
最後に教えてくれたんだ。



「傷をわかっているからこそ
その傷が希望になると信じる。」



あぁ、二人の笑顔は綺麗だった。
最初で最後の笑顔。



意識は、そこでプツリと切れた。