寒い、と口にしてみる。吐く息が白い。吐息だけでなく、目の前全てが白――――否、一面の銀世界。


ここではそう珍しくない光景であるが、今シーズンでは初。あの子にとって、初めての世界である。


青年は小さな苦笑を漏らし、そっと音を立てずに扉を閉めた。これから起こるであろうことを想像し、さてどんな反応を見せるかと少しばかり期待を寄せる。踵を返して家の中に戻ると、青年は階下から声を張り上げた。


「ハルー、雪だ雪ー」


一瞬後、ガタンと何かが落ちる音。直後にドタドタと騒がしい足音がする。顔が見えた、思った瞬間飛んできた小さい身体を受け止め、青年はよいしょ、と抱え直した。


「ソウ、ソウ! ゆきふってるー!」

「おーアオ、降ってるじゃなくて積もってる、な。もう止んでる」

「つもってる?」


自分の言葉を繰り返したアオと呼ばれる子供に、青年――――ソウは正解と笑う。ぽん、と優しく頭を叩き、ソウはアオを床に下ろす。


今度はソウがしゃがんで視線を合わせた。うずうずとした表情を隠さずにいるアオに、ソウは次に出てくるだろう言葉を予想して待つ。こちらから言うことはしない。


「ソウ、ぼく、外であそぶ!」

「アオ」


案の定そう言ったアオを、ソウが嗜めるように呼んだ。その意味を理解せず、きらきらとした目を向けるアオに、ソウは溜め息を吐きつつ少し、安心する。


こんな風に、まっすぐに見つめてくれるようになったのは、つい最近のことだ。アオはソウ以外の人間と関わることを酷く嫌う。二人の住む場所は人里離れた山の中。こんなところに足を運ぶ人間など滅多にいないのだが。


「まずは着替えてきなさい。そうしたら朝ご飯だ、遊ぶのはそれから」

「……はーい」


声のトーンを落とし、アオがそう返事をした。その残念そうな表情を一転させ、アオ――――ハルは、ソウに視線を向ける。


「ごめんなさい、ソウ。アオが」

「大丈夫だ、ハル。アオは危害を加えない」


神妙な表情で頷くハル。安心させるようにぽんぽんと頭を撫でてやれば、ハルは嬉しそうな笑みを見せる。