「せん、ぱい……?」
しまった、と後悔した時にはすでに遅い。
視線を上げると、先輩の怒った顔が……
「……え?」
怒った顔があると思ったけど、先輩の予想外の表情に目を丸くした。
酷く傷付いたような、泣きそうな、そんな切ない表情を浮かべた先輩は、私と目が合うとふいっと視線を逸らした。
「…お前が好きなのは陽平だもんな」
「っ、あの」
「安心しろ。もうお前には指一本触れないから」
先輩は壁についた手を離すと、私から一歩距離を取った。
「解放してやるよ。お前はもう俺のペットじゃない。だから好きなとこへ行け」
そう言って、先輩は私に背を向けた。
いつもの堂々とした背中じゃなく、少し丸まった背中がどんどん遠くなる。
追いかけたいのに。
その背中を捕まえたいのに。
身体が金縛りにあったように動かない。