『 出逢い〜ともちゃん〜』

〜小学三年生〜
「じゃあ、いってくるわ。お手伝いさんのいうことちゃんと守るのよ」
「⋯⋯」
 子ども一人が使うには広すぎる部屋。
 高い家具ばかりがある、誰もいない寂しい部屋。
 そこに私一人おいて両親は働きにいく。
 お手伝いさんもいるけど、お手伝いさんなんて大嫌いだ。
 礼儀がどうのとうるさいし、用が済めば早々に立ち去ってしまって、私はすぐに独りぼっちになる。
「じゃあね、ともみ」
 そういって部屋を出ていく母。


 一人、部屋にいると色々な想いが胸をかけめぐる。
 
 私は何のために存在しているのだろう。
 やりたくもない習い事をさせられ自分で着たい服すら選ばせてもらえない。
 両親は私よりも仕事が大事で、稼いだお金で高い物を買ってあげれば喜ぶと思ってる。
 私がそんな物よりもずっとほしいものを、わかってはくれない。

「……むかつく……」

 今までずっと我慢してたものが爆発した。目の前が真っ白になって。
 とにかく両親のいいつけを破ってやろうと思った。
 フリフリした女の子らしい服を脱ぎ捨てラフな男の子のような服装に着替える。
 「女の子は髪の毛が長い方がいい」などといわれた髪の毛もバッサリきる。

 何もかも変えよう。そう、思った。





 お手伝いさんの目をすりぬけなんとか家から脱出すると行く宛もなくただただ歩き続ける。

 すると目の前から茶髪の可愛らしい女が歩いてきた。同い年っぽいけど見たことのない顔だ。違う小学校の子だろうか。
 手にはいくつかアイスのはいったコンビニの袋。ちょうど四つ。家族と自分のぶんだろうな。そう考えるとなんだか腹が立ってきた。
 幸せな家族なんてあるはずがないのに、なんであの子はあんなに幸せそうにするの。
 どんな家族にだって歪みはあるはずなのに。

 それから、その能天気な幸せが当たり前のような、そんな面に、何もかもに腹が立って仕方なくなってきた。
「なに、あんた」
 女の子の前にいくとそういってがんをとばしてやる。
 女の子はしどろもどろになりながら
「え?え……と……莉音って言います?……」
という。自己紹介しろなんて頼んでないのに。
「知んねえよ、そんなの」
 だからといって何が聞きたいわけでもないのだが。
 ただ、こいつの面が気に入らないだけ。
「お前くさいんだよ。自分はいい子だと思ってんの?いい子にしてればママもパパも愛してくれるからって思ってんだろ。でもそんなのまやかし。すぐに崩れさるから。その『私愛されてる』って顔も腹立つんだよ」
 思ってることを全部いいきってやると(ほぼ八つ当たりだけど)私は呆然としている女の子の横をすりぬけどこへでもなく歩き出す。

 そう、この時の私は知らなかった。これが親友との出会いだなんて……。






「じゃーね、ともちゃん!」
「……」
 何も言わずに莉音の横を通り過ぎる。
そんな私は小学生四年生になった。
 あれから一年、色々なことがあった。
 私は今や校内でトップ3の柄の悪い生徒である。
 まあ、以前の「いい子」な私より今の「悪い子」な私の方がずっと好きだけど。

 今日も夜ご飯はコンビニですまそう、そう思って学校の帰り道、まっすぐコンビニに向かう。


 コンビニにつくと、人々が一様に避けて通っている場所がある。
 みれば筋肉質な腕にタトューをいれた男達やキャーピーうるさいギャル女達がたむろっている。

 うっざ……。

 私は避けることなくそいつらの目の前をドスドスと歩く。

 自分たちは"恐怖の対象"で、避けられ恐れられるのは当然だとでも思っているのだろう。そういうのが一番腹が立つのだ。「当然」だと思っていることなんていとも簡単に崩れさるのに。

 それを知らない馬鹿どもには教育が必要だ。


「なんだ、お前」
 腕にタトューがはいっている男にがんを飛ばすとさっそく突っかかってくる。
 単細胞極まりない。
「あはは。やめなよ、りょうた〜。小学生くらいっしょ、この子。許してあげなってぇ」
 甘ったるくやけに耳につく声でそういうギャル。
「かなは優しいなあ。………お前、とっとといけよ。五秒以内」
 冷めた瞳でそういうそいつを思いっきり睨みつける。
「なにこいつ、ウケんだけど。りょうた、お前大丈夫かよ。小学生に馬鹿にされちゃってよ」
 そう、うるさい声で笑うタバコを吸ってる男。
「んだよ!おめえ!!」
 タバコを吸ってる男の言葉と私の睨みでついにブチギレた男。
 大抵こういうのって沸点低いのよね。
 それに加えて怒ると周りが見えなくなる。
 だから自然と動きも単調になる。
 
 振り下ろされたこぶしをうけとめる。
 あら⋯⋯結構重いじゃない⋯⋯

 でも⋯⋯⋯
 私はそいつのこぶしを押し返し、ついでに蹴りを入れてやった。
 うまく受けとめられず勢いのままにゴミ箱につっこむ男。

 ⋯⋯あー、イライラする。
どいつもこいつも弱くてもろくて⋯うざい。

「てめえっ!!」

 これだから単細胞って
 勢いで飛びかかってきた男をサッとかわす。
 またも勢いのまま無様に倒れ込む男。

「あんた、なんのつもり?」
 さっきとは打って変わって愛想のカケラもない笑みをこちらに向けてくるギャル達。
「うっせえ、ババア」
 そういった途端にギャル達の表情が豹変する。もう笑みすら浮かべていない。
「何この子。マジでシメないとだめな感じ?」
 そういうギャル達にニヤけてくる。
誰が誰をシメるって?面白いこというじゃない。


 この頃の私はこうやってヤンキーやギャルにケンカを売るのが日課になっていた。
 ただただイライラしていて、それをぶつける対象が彼らだった。

 変わってしまった私をみてこの世の終わりみたいに泣く母や、私のことを不良品扱いしてくる父が大っ嫌いで。
 家から逃げ出したくても、逃げることが出来ない現状に腹が立って。
 私はそのすべてを彼らにぶつけた。
 今思うとかなり理不尽な話なんだけどね。

 その頃は「理不尽」だって考える余裕もなかった。
 常に腹が立ってたし、毎日ヤンキー達とケンカしてたから。

 奴らは人一倍負けん気が強いから、何度も何度も私に挑んできた。
 でも、その度に私は全勝。

 本当にかわいそうな奴ら⋯⋯そう、思っていたのに

「子分にしてくださいっ!」
 そういって土下座してきたヤンキー達にドン引きしている私は小六。
「なんで子分になりたいのよ」
 そういって呆れた瞳でそいつらを見つめる。
「あんたみてえに強いやついねえからだ!俺らもあんたみてえに強くなりてえ!」
 向上心があるのは実にいいことだ。
 でも⋯⋯
「絶対に嫌!」
 ケンカの相手をしてる分にはまだいいとして子分ってなにそれ。
 それに私の子分になったところでなんの得もないだろうに。
「そこをなんとか!」
 食い下がらない男達にイライラしてくる。
 これじゃあ、遅刻しちゃうじゃない。仕方ない。最終手段よ。
 こぶしを思い切り振り上げ、力のままに振り下げようとした、その時
「ともちゃん⋯⋯⋯⋯」
 その声に振り向くと青い顔をした莉音がいた。
「お⋯⋯おはよう⋯⋯」
 完全にひきつった笑顔でそういう莉音。
「おはよう」
 そういってスタスタと莉音の元へいくと自分のランドセルを投げつける。
「ひいっ!」
「持ってて」
 それだけいうと男達のもとに行き仁王立ちする。
 
 莉音の前で暴力沙汰は起こしたくないからね。
 仕方ない、実力行使は諦めよう。

「お前らはやりたいことがあるか?」
 そう問うと男達はバッと顔をあげる。
「それは、あなたの」
「違う。それはただの希望だ。私がいってるのは夢があるのかってこと」
 男達は黙り込み下を向く。

 こういうやつらは大抵何かに迷い、何かを失い、何かが欠けて、こうなってるんだ。

 私もそうだった。
 
 自分の存在意義がわからなくなってイライラして暴力沙汰ばかり起こすようになって親には見捨てられ、心の中にぽっかりと穴があいた。辛いとか悲しいとかいう感情も次第に消えて、誰かに呆れられて見放されて生きることに慣れてしまった。


 私のことなんて誰もわかってくれない。
 もうわかってくれなくていいとすら思った。
 でも、そんな時、莉音が現れた。

 莉音はこんな私をわかってくれた。
 会ったときからムカつくやつで一生好きにならない、そう思っていた。
 なのに、私はこいつに救われた。

 莉音は初めて同じクラスになった小学三年生の頃から毎日私に「おはよう」っていってくれた。
 転校してきた身だったし、友達作りの一歩としてみんなにやっていたことかもしれない。
 でも、それがとても嬉しかった。私もみんなと同じ、って思えて。
 「おはよう」って返すようになったのなんてここ最近。でも何回無視しても莉音《アイツ》はいってくれるんだ。「おはよう」って。そして、みんなと同じ様に話してくれる。私はそれがすごくすごく嬉しくて。
 すごくちっぽけな夢ができた。
 ほんとにちっぽけで誰にもいえないような夢が。
 夢がある。たったそれだけのことでどれだけ生きやすくなるか、希望がもてるか、嬉しくなれるのか⋯⋯そういうことをこいつらは一切知らないだろう。
 だって、もう悩むことに疲れてしまってるんだから。

「あんたらに夢ができるまで子分にしてあげる」
 そういうと男達はしばらくポカーンとしていたがやがて大粒の涙をこぼしはじめた。
「うわっ⋯⋯泣くとか⋯⋯」
 そういってドン引きしていると男の一人が私の足に抱きついてきた。
「おれ⋯⋯頑張ります!」
 鼻声でそういうそいつには苦笑いだ。
 気持ち悪いからはやく離れて欲しい。


 でも⋯⋯⋯⋯
 私の夢叶ったのかな。

 莉音みたいに誰かを救える人に、なれたかな。
 その答えはまだわからないけれど⋯⋯

 私はたった今できた自分の子分たちをみやり、そっと微笑んだ。