その頃ーー。

〜ナギ〜
ここは学校の屋上。
目の前にはニンマリと意地の悪い笑みを浮かべた女王様。隣には俯いて少し震えているようにも見える風雅。

遅れてやってきた蓮斗はどうせ莉音を送っていて遅くなったのだろう。

「あなたたちがあの子の情報を垂れ流しにしてくれたおかげで随分と助かったわ」
蓮斗がついたことを視界の端でとらえると妖艶な仕草で屋上のへりに腰掛ける。
「それから、これ。」
そういって女王が胸元から取り出したのは一つの貝殻。糸を通してあって女王はその糸の部分をもって貝を横にブラブラと揺らしてみせる。
「手に入れてくれてありがとう。」
そういうとニコッと笑う。
その笑顔はなんだか莉音と通ずるものがあって全然似つかわない二人だけれどやはり親子なのだなと思わされる。
そして不覚にもそんな笑顔に莉音を重ねドキリとしてしまう自分がいる。
「大変だったでしょう?」
そんな言葉に僕らはみんな顔を背ける。
なぜならそれを手に入れたのは僕らのうちの誰かでなくモモだから。

僕らは結局のところ根底の部分で彼女に甘かったのだと思う。

女王からどんなに『彼女のことを道具と思え』といわれても『あなたたちがするべきことをしなければ彼女に直接危害を加える』と脅迫されても僕らはみんな莉音を傷つけることなんてできなかった。


蓮斗は嫌味で大嫌いなやつだけど、そんな蓮斗だって本心から莉音を道具だとか傷つけようとか思ってたはずないんだ。

風雅だってそうだ。〝喪失のプリンス〟だからと他のプリンスから信用をなくしてしまっているけれど、結局のところ姉思いな一人の青年なのだ。

なんだかそう考え出したらこのHRNのメンバーが、今までひどく空虚だと思っていたそれが、なんだかとてもあたたかみを帯びてくるような気がした。
結局ぼくたちは〝同じ〟なのかもしれない。


二人が何故女王に従っているか、詳しいことは知らない。けれどきっと、二人とも僕と同じように頼らな彼女らに頼んででも叶えたい願いがあったのだとおもう。


そして、彼女の中に眠らされた人魚としての証。
それを手に入れるために僕らは『目覚めの唄』と呼ばれる禁書にかかれている古い唄を覚えさせられそして莉音にその唄を聞かせるようにといわれていた。

禁書にかかれている唄でしか手に入らない。
それはつまり莉音の貝が彼女の中に眠ることになったそれも禁書に書いてあることだということ。

けれど何故、莉音の貝が彼女の中で眠らされていたのかは定かでない。

その真相を知っているのはこの人かきっとーー。

なんて考えていたら女王がブラブラさせていた貝をパシリと握る。

「おかげ様で準備は整ってきたわ。これなら無事私の願いも彼の願いも叶いそうだもの。」


彼……。
それは一体誰だろう。僕の中のこの人のことだろうか。それともまた別の人なのだろうか。



「ところで私がなぜここにやって来たかはわかるかしら」

不意に発せられたそんな女王の問いにみんな何も答えることはなく、シーンとあたりは静まりかえる。

なんだか怖くて俯いていたら自分のすぐそこに女王の影が迫って来ていた。

「ねえ、ナギ」
ただ名前を呼ばれただけなのに背筋がゾッとした。

「あなたを手に入れるため、よ。」
そう続けられて余計にゾッとする。

……けれど、あなた、って僕のことじゃない気がする。
だとするならこっち……僕の中にいるこの人のことだろうか。
そうおもって無意識的に胸のあたりを触る。

女王……アリーシャさんはそんな僕の横に膝をつくと僕の手に手を重ねて肩に頭を乗せてくる。

身動きひとつとれなくなって余計に心臓をバクバクさせる僕なんてお構い無しにアリーシャさんはためらうことなく言葉を続けていく。


「そしてあの子に、莉音に地獄を味あわせるため」


そう、そんな言葉をーー。





「いやぁ〜、私もなにも知らないよ。ただ、なんとなくあの人がこっちに来ている気がして。それに莉音ちゃんにそんな暗い顔をさせるのその人くらいしかいないなって。」
そういって無邪気に微笑むスズさん。
いつも通り、なんだけれど前よりずっと……どこか恐ろしくも感じられる。
普段フワフワしているけれど瞬時にそうやって物事を考えて繋げられる。
それってすごい。まさに頭がキレるってやつだ。
だからなんだか怖くも感じられた。

話の内容とは全然違うけれど、スズさんが女王のことを、その人、と呼んでいた時の声音は今までにないくらいの冷たさを浴びていた気がする。
……過去になにかあったのだろうか。

「そもそもお前女王と会ったことあんの?僕たちだって会ったことないのに」
そうどこかむすくれたようにいうキールくんにスズさんは「違う違う」といって笑う。
「私はただ昔にちょこっとだけ見かけたことがあるよってだけなの。さっきのこっちに来てるかもっていうのもただの私の勘だよ。で、莉音ちゃん。答えは?!」
途端子供のような表情でこちらを見やるスズさん。
私は少し苦笑いを浮かべながら
「正解ですよ」
という。

それに対して「やったぁ!あたっちゃった」とニコニコ笑顔になるスズさんと、それとは正反対に「女王さまが?なんで……」と考え込むキールくん。

私はそんな二人に挟まれながら、あの日女王に言われたことの中で最も心に引っかかった言葉を言おうとする。

けれどその言葉は途中でつっかえてしまう。
こんなことを二人にいっても困らせるだけだもんね。

女王がナギのこと好きっていっていたー、なんてどこの昼ドラですかって感じだし。
あっ、でもこっちはいったほうがいいよね。

「あと、女王は自分が〈海を荒らす者〉のリーダーだって」
「はあっ?!」
「そっかあ」
私の言葉にまたも正反対の反応を見せる二人。
「な……女王様が?……」
信じられないといった風に首を振るキールくん。
それとは反対に納得したような表情をしているスズさん。
「スズさんは知っていたんですか?」
「ううん、知らないよ〜。ただそう言われても違和感ないっていうか……」
「なんだよ、それ」
立て続けに信じられないようなことをいわれ若干イラついた様子のキールくんがそういうとスズさんはそれを特段気にした様子もなく
「さっきもいったけど私女王様のこと生で見たことあるからね。雰囲気とか知ってるし」
「そんな人だったって……そういうのか」
「私はそう感じたの。……まあ、恋敵だったから余計。ね」
後半ボソッと呟かれた言葉に驚く私。
恋敵?スズさんとアリーシャさんが?

キールくんはスズさんの呟きには気がついていなかったようで相変わらず渋い顔をして考え込んでいる。

「あっ!!!」
唐突に大声をあげるスズさんにビクッとする私とキールくん。
「なんだよ」
怪訝そうな声でそういうキールくんにスズさんは
「『トキメキ☆星の王子様』完璧に取り忘れてた!!」
「はぁ?……お前、こんな大事な話してる時に何いってんだよ」
「だってこれ死活問題なんだもん!それに私がこの場にいても私の独断と偏見で女王様のイメージ悪くしちゃいそうだもん。そんなの悪いし。」
「……そんなこといってどうせアニメが見たいだけだろ」
「だって先週神回かつ神的な終わり方だったんだもん!続き気になりすぎるもん。莉音ちゃんキーくん、ごめん!またあとで!」
そういうとすごい勢いで部屋を飛び出していくスズさん。
そんなスズさんの背中を苦笑いで見送る。キールくんもしばらく呆れた様子だったけどやがてこちらを向く。
「莉音」
「ん?」
大きくてクリクリした、でもどこか鋭いその瞳が私の目をまっすぐに見つめてくる。
「な、なに、どうしたの」
あたりはシーンとして妙に緊張感漂うその空間で、私はまるで悪いことをして叱られている子供みたいに冷や汗をかく。
「あの、キールくーん」
怖くなってもう一度声をかけるとキールくんはやっと口を開いた。
「お前ずっとそんなこと知ってて黙ってたのか」
そんな言葉にぎくっとする。
そうだよね。こんな大事なことすぐに言わなきゃいけないよね。
申し訳ない。そう思って謝る。
「ごめんね。すぐに教えなくて」
「は?」
帰ってきたのはとても小六とは思えないドスの効いた声。
「えっと?……」
「……はあ……お前、バカ?」
呆れたように首を振るキールくん。
重ね重ね申し訳ない……
「そんなことずっと一人で抱え込んでたら……辛かったろうなってそう、思ったんだよ!」
そういうと唐突に私のすねをけりあげるキールくん。
「いった!いったーーっ!なにすんのよ!」
「お前が鈍いからだよ!」
「な……鈍くてごめんなさいね。」
「………まあ、これからも僕……とかスズとか……頼ればいいよ。ひとりで抱え込むよりいいんじゃない?」
そっぽを向いてそういうキールくん。
何だから涙が出てくる、
それと共に母心のようなものが芽生えキールくんを後ろから抱きしめようとする。
けど……
「なにやってんだ、バカ!」
当然のごとくキールくんからスネに蹴りをいれはれる私。
まあ、そうですよね……
にしてもスネの集中放火は勘弁願いたい

痛む足を必死にさする私は、キールくんの頬がこれ以上ないくらいに赤く染まっていることに気づくわけがなかった。