初恋の人は人魚×アイドル!?

〜ナギ 帰りのバスにて〜
「私、アイドルになるの。」
「はあ!?なにいってるの、モモ」
「アイドルに⋯⋯なるよ、私。」
「だから、なんで」
「なりたいから」
 真っ直ぐ前をみて、こちらを見ることなくそういうモモ。
 その声はいつもの甘ったるいものでも冷たいものでもなく棒読みになっている。
 ⋯⋯なにかおかしい。
「ほら、ナギ。もうつくよ」
「あぁ、ほんとだ。」

 プシューッ

 家の近くのバス停で降りてすぐにモモのほうをみやる。
「で、結局アイドルの話は僕が莉音の貝殻のことを一時的に忘れるようにいったウソ、でしょ?」
「ゔっ」
「モモは昔っから嘘下手だし。バレバレ。」
「うぅ〜。わかったよ。いうよ⋯⋯あっ⋯⋯」
「ちょっと、また誤魔化す気?そんなことしてないではやく⋯⋯」

♪本当の想い 形にすることなんてできなくて いつの日か歪んでいた 僕は ずっと ♪

 モモのみやる方向には誰かがいて歌を歌ってる。
 冷たいようで暖かい、心に染みるこの歌声。
「レントさんだね」
 かなり遠くにいるけど人魚は人間に比べて遥かに耳がいいからその歌声ははっきりと聞こえてくる。
「うん⋯⋯」
 そういうモモは元気がない気がする。
「でもどうしてこんなとろにいるんだろ」
 独り言のようにそうつぶやきながらも進もうとする。
「⋯⋯」
「ちょっと、モモ?」
 下を向いて僕の服の袖をつかむモモ。
「⋯⋯やだ⋯⋯行きたくない⋯⋯」
「はっ?なにが」
「いいから!!」
 そういって僕の腕をつかみ無理やりバスで通ってきた道をひき返し始めるモモ。
 それにしてもなんて力⋯⋯。
 言葉にしたら怒られるだろうけど、とても女子の力とは思えない。

 ふと見やった腕時計は六時をさしている。
 今日は七時から収録があるし⋯⋯。

チラリと見やったモモは表情こそ見えないが、レントさんを見た途端慌てて元きた道をひきかえしたり、いつもの気の強さが抜けたように気弱になっていたり、色々と心配だ。

 本当は今日、莉音の貝殻の居場所を突き止めたかったけど無理そうだ⋯⋯。

 なんだかんだいってモモに甘い自分は昔から変わってないと思った。







「⋯⋯」
 遠くの方で去っていく二つの影。
 ギュッとこぶしを握りしめる。
 二つの影のうちの一つ。あいつのことを見てるとむしゃくしゃする。

 なんで莉音はあんなやつを?⋯⋯そう思うと同時にその答えは自分がよくわかっていた。

 俺は確かに莉音をフッた。当たり前だ。莉音は道具なのだから。
 なのに⋯⋯
「くそっ⋯⋯」
 胸の中には気づくと莉音がいる。
 もうやめてくれ。こんなの俺らしくもない。
「見つけたよ〜。〈海を荒らす者〉」
 背後に気配を感じた直後そんな声がしてくる。
 この声⋯⋯。
 振り返ってみれば予想していた人物がたっている。
「⋯⋯やはり君は七人のプリンスの中で一番鋭く洞察力もあるみたいだ。どうだい?こちらにこないかい?」
 そうたずねてニコリと微笑む。が⋯⋯
「やだね」
 即答された。そのことにフッと本心からの笑がこぼれる。悪者にはなりたくない、か。俺達からしたら君達プリンスのほうが悪者なんだけどね。
「で、莉音ちゃんの貝殻はどこ?」
「さあな。俺は知らん」
「とぼけてんなよ」
 鋭い瞳でそういわれる。
 相手がすくむような鋭い瞳に彼が歩んできた人生の過酷さがにじんでいる。
「だから知らないといってるだろう」
「チッ」
 スッとUターンして去っていく、〈インド洋〉の王子ヨウ。
 案外諦めがはやいのだな、と思ったがその瞳はまだ諦めきってなどいなかった。

 その背中を見つめながらフッと笑みがこぼれる。これから面白くなりそうだ⋯⋯。





それから数日後。
〜キール〜
 ピンポーン
「⋯⋯くそ女⋯⋯」
 イライラとくそ女が出てくるのを待つ。
 それにしてもこの間は最悪だった。
 久しぶりにお姉ちゃんにかまってもらえると思ったのに邪魔者が二人も⋯⋯。
 しかもそのうちのひとりにはタクシー代を払ってやったのだ。五歳は年上だろうおばさんに。
 今日はそんなおばさんにお金を返してもらいにわざわざここまでやって来たのだが誰もいないらしい。
 最悪だ。
 また今度来るしかないか⋯⋯。
 その度にここに来るときのタクシー代も加算させようかな。そう思ってUターン すると⋯⋯
「あの、うちになにか用ですか?」
「お前⋯⋯」
「あ、もしかして、キール!?」






〜莉音宅のリビングにて〜
「お茶ぐらいだしてくれない?こっちは君の姉に振り回されてクタクタなんだからさ。気遣いのかけらもないのはどうかと思うよ。」
「あっ、ああ⋯⋯」
 なにか考え事をしていたらしい風雅はハッとした様子で台所にかけていく。
「ジュースの方がいいか?」
「⋯⋯馬鹿にしてるわけ?」
「わかったよ。お茶だな」
 そういうと冷蔵庫から麦茶をとりだしグラスにトポトポと注ぐ風雅。

 それにしても昔会ったのは僕が赤ん坊の頃なのによく覚えてたな。
 僕自身は教育係によく"喪失のプリンス"という貝殻をなくし地上に追放された愚かなプリンスがいるって聞かされてたし、ここに住んでるのも知ってたから分かったんだけど⋯⋯。


 ふと見やったテーブルの上にたまった教材やらなにやら。その中には⋯⋯
「あれ〜?なにこれ〜」
「ああーーっ!!やめろバカ!」
 すごい速さでこちらにかけてきて自分の通知表を取り上げる風雅。
「なにそんな慌ててるの?ウケるんだけど。それにこれは?」
 そういって『Summer Driru 〜ひと夏の思い出〜』とかかれた分厚いドリルを指さす。
「たしか君の行ってる中学、あと二日で夏休み終わりだよね?見たところ全然やってないみたいだけど大丈夫なの?」
 ドリルをパラパラとめくりぬがらそうたずねる。
「なっ⋯⋯なんでお前、うちの中学のこと⋯⋯」
「だって姉ちゃんいってるし」
「そっ⋯⋯か⋯⋯。その⋯⋯モモの⋯⋯モモさんのことなんだけど」
 なんとなくこいつのいわんとしてることを察して耳をふさぐ。
「あー。あー。聞こえませーん」
「なにやってんだよ」
「僕はそこらへんのクズ男に姉の情報は教えません。あと二千円君の財布からとっといたから。さっきトイレ借りた時に君達の部屋にいったんだけど、その時に、ね。くそ女の財布は生憎見つからなかったからさ。あー、あとついでに報告しとくけど、くそ女と一緒にいてやった代金三千円ももらったから。まあ、そこんとこよろしくぅ〜」
 そういうやいなや素早く逃げようとしたがすぐに首根っこをつかまれる。
「まて。このクソガキ」
「あ〜らら。姉弟そろってお口が悪いこと」




 その後なんとか二千円を返してもらった風雅はそれだけで満足してしまっていた。
 やはりキールの方が一枚上手のようだった⋯⋯。