「穹?どうしたの」
涼鈴が訊ねると、寡黙な穹は小首を傾げるようにして、お客さんかな、と呟く。
「患者?」
「馬でもみつけたの?」
穹はかぶりを振る。少し俯いて、「あっちのみち、皆通らないのに、誰かいた」と言うが、涼鈴と凌には、額にしわを寄せてみても何も見えない。そうして暫く、畦道から目を凝らしていると、涼鈴があっ、と声をあげた。
「ほんとだっ、登ってくわね・・・穹はほんとに目がいいのね」
涼鈴が頭をポンポンとなでてやると、穹は猫が心地よい時にするように、大きな目を細めた。
「・・・なんだあいつ、すっごい大荷物だぞ」
林の中を坂道とほぼ平行に通るのは、ここから歩いて半日ほどの宇閤(うごう)という大きな街を経由して至る街道の末端で、山を越える人か、逆に冬になって降りてくる人くらいしか通らない。鷺凰院に用事のある村人や患者たちは、段々畑に沿って伸びるゆるやかな畦坂をのぼってくる。だから穹が発見した徒歩人も、納涼のために夏の間だけ山にこもる人なのかと思った。
だが、その人影は急にこちらへ向きをかえ、林を突っ切ってわざわざ畦道に出ようとしているようだった。
「あのぉーー、こっちは街道じゃないですよぉーーーー?!」
凌がおもいっきり叫ぶ。それが聞こえたのか聞こえていないのか、徒歩人は一度立ち止まったが、少しすると、結局畦道まで出てきてしまった。
現れたのは、少女のようだった。ごく淡い空色の上着に細身の筒袴という旅装で、細い体に大きな荷物を背負っていた。涼鈴が驚いて、籠を持ったまま駆け出す。あとのふたりもそのまま続いた。
手拭いで首もとを拭きながら、少女がはた、と顔を上げて尋ねた。
「・・・あの、茶穎の鷺凰院は、この辺りであっていますか?」