「そうよ。私は、あなたが探している “アイリス=レヴァンヌ姫”よ」

「アリス?! なぜ……」

「ごめんね、ルカ。
 でも、私……やっぱり、姫であることを忘れられない」

“アリス”として旅をしたこの三日間、本当に楽しかった。
でも、私は、どうしても国のことを忘れることができなかった。
やはり私は、生まれながらに姫なのだ。

「やはりそうか……なら、覚悟してもらおう」

白い男が剣を抜く。
ルカも剣を握り直して構えた。

こうなったら、私が死ぬか、彼が死ぬかのどちらかしか生きる道はない。
違う、と言って誤魔化すことも出来ただろう。
でも、それは、私の姫としての自尊心が許さなかったのだ。

ルカには悪いと思う。
でも、ルカだからこそ、任せても大丈夫だと、私は信じている。

まず、白い男が走った。
片腕を怪我している分、ルカの方が有利だろう。
それなのに、白い男は、まるで人ではないような動きで、素早く矢継ぎ早に剣を繰り出してくる。

強い。

でも、ルカも負けてはいない。
それらの攻撃を全て受け流し、一歩も退こうとはしない。

(私が居るから、ルカは、きっと退かない)

ルカは、自分の命を賭してでも私を守ろうとするだろう。
それが解っていても、私には、彼を止めることが出来ない。
何故なら、私は、姫で、彼は護衛兵なのだから。

防戦一方だったルカが、白い男のほんの僅かな隙を見つけて、攻撃に転じた。
しかし、白い男は、それを狙ってわざと隙を作ったのだろう。
ルカの剣筋を予想していたように難なく避けると、己の剣でルカの首筋を狙った。
空を切るような音と共に、ルカの髪がぱらぱらと舞い落ちる。

「ちっ……外したか」

白い男は、舌打ちをすると、態勢を整えるため、ルカから少し距離を置いた。
ルカは無事だ。でも……

(あ……ルカの髪が……)

ルカが後ろで一つに束ねていた長髪が見事にばっさりと切られてなくなっている。
それを見た時、私は、幼い頃にルカとした約束のことを思い出していた。


 *~*~(※私の回想)~*~*


「アイリス? ……お前、泣いてるのか?」

「……ひっ、……泣いてなんか、っく……ないもん……!」

「泣いてるじゃないか!
 また意地を張って……俺の前で意地なんか張るなよ。
 何があったんだ? 誰かに何かされたのか??」

「……お父様が……」

「王様が……? また何か叱られたのか?」

「……髪、伸ばせって。
 お姫様らしくしろって、言うのよ」

「アイリス……」

「みんなして、私にお姫様らしくしろ、らしくしろって。
 でも、そんなの私じゃないもん。
 私は、私だもん。みんな、私のこと嫌いなんだ……」

「嫌いなもんか!
 みんなお前の事を好きに決まってるだろう」

「じゃあ……何でみんな私に、お姫様らしくしろって言うの?」

「それは……みんなが、アイリスを心配してるからだよ」

「……心配? なんで??」

「そうさ。みんなアイリスのことが好きだけど、
 アイリスがいつも危ない事ばかりするから、危険な目に遭うんじゃないかって、
 みんな心配してるんだよ」

「…………そうかなぁ」

「そうだよ」

「……ルカも?」

「え?」

「ルカも……私のこと、好き?」

「え……そ、そんなの、当たり前じゃないか!」

「私のこと、心配?」

「あ、ああ」

「……そっか」

「……そ、そうだ!
 髪の毛を伸ばすのがそんなに嫌なら、俺も一緒に髪を伸ばす。
 それじゃあダメか?」

「……ルカも?」

「ああ。……やっぱり、俺じゃダメかな?」

「……本当に?」

「ああ、本当だ。
 俺がアイリスに嘘なんてついた事あるか?
 約束するよ」

「……わかった。
 ルカが一緒なら、私も我慢する」

「本当か!?」

「うん」

「よーし、じゃあ一緒に髪の毛を伸ばそうな。
 それで、どっちが早く伸びるか競争だ!」

「いいよ。私、負けないんだから」


 *~*~*~*~*~*~*


「ぐっ……!」

ルカの肩から鮮血が飛び散り、私は現実に引き戻された。
白い男が、ルカの血がついた剣を振り払い、再び剣を構える。

「ルカ!」

(ルカの肩から、あんなに血が…………)

私は、思わず、ルカに剣を向ける白い男の前に両手を広げて飛び出していた。

「もうやめてっ!!」

私の目の前に、白い男の刃が迫る。
私は、目を瞑らず、白い男を真っ直ぐに見据えた。

「#アイリス__・__#!!!」

ルカが叫んだ。
次の瞬間、剣と剣が噛み合う大きな音が鳴り響き、私は、ルカの腕の中にいた。

「こいつには、もう指1本触れさせやしない」

そう言って、ルカは、怪我をしている方の腕で私の体をキツく抱き締めた。
私は、胸が苦しくなって、喉の奥が熱く感じた。

ルカと白い男の剣は、交差されたまま動かない。
力では拮抗しているのだ。
……いや、ルカは、私を抱えている分、少しだけルカの方が上かもしれない。

私は、自分がルカの妨げになっているのではないかと思い、身を捩って避けようとしたが、
ルカの腕がそれを許してはくれなかった。

「お前たちが命懸けで守ろうとする気持ちが、少しわかった気がするな」

唐突に、白い男が悲しそうな声で呟いた。
私が聞き返す前に、白い男が剣ごと身体を引いた。
抵抗力を失ったルカの剣が宙を切る。

「一旦、ここは退く。
 だが、俺は諦めない。……諦めるわけにはいかないんだ」

意味深な言葉を吐きながら、白い男は闇の中へと溶けて消えていった。
しんと辺りに静寂が戻る。
ぱちぱちと爆ぜる焚火の音と、ルカの心臓の音が私の耳元で聞こえていた。

ルカは、危険が去ったことを確信すると、
私を抱いていた腕の力を抜いた。

「怪我はないか?」

優しく私を気遣うルカの言葉に、私は無言で下を向く。

「どうした? どこか痛いとこでもあるのか?」

「…………か」

「え?」

「ルカの……馬鹿ーっ!!」