レヴァンヌ城の一角には、誰も足を運ばない図書室がある。
たまにメイドたちが掃除に来るくらいで、普段は誰もいない。
アイリスは、こうして一人きりになりたい時、よくこの図書室を訪れる。

(やっぱり図書室は、落ち着くわ。
 静かで、本の香りが良いのよね)

(……それに、私を哀れむ目で見る人もいないし)

「……別に辛いだなんて、思ってないんだけどなぁ」

 誰ともなしに呟いた声は、誰もいないがらんとした図書室に陰を落とす。
それは、先程のメイドたちが言っていた事を肯定しているようで、
いたたまれなくなったアイリスは、手当たり次第に書物の背表紙を声に出して読み歩いた。

 アイリスは、このレヴァンヌ国で唯一の王位継承者である姫君だ。
彼女の母親が早くに亡くなった為、他に嫡子を持たないからである。

 レヴァンヌ国とは、周りを海に囲まれた島国で、大国とまではいかないが、緑豊かで平和な国だ。

 この国を狙った他国の王侯貴族らは、争うことなくレヴァンヌ国を手に入れようとアイリス姫との婚姻を求めた。
それは、レヴァンヌ国が他国に支配される事を意味する。

 そこで王様は、アイリスが16歳の誕生日を迎えるまで待つという条件で婚約話を引き延ばしてきた。
つまり、アイリスが16歳の誕生日を迎えたら、婚約者を決めなくてはならないということになる。

(明日は……私の16歳の誕生日…………)

 自分には決められた結婚相手がいると、
幼い頃から周囲に聞かされて育ったアイリスは、それを辛い事だとは思わなかった。
レヴァンヌ国の一王女として、それが当たり前の事だから。

(婚約者候補の方達って、どんな人なのかしら。
 明日の夜会前に、お会い出来るのよね)

 明日の夜会は、アイリスの生誕祝とは名ばかりの、婚約者お披露目会である。
正式な婚約発表は、また後日行われる事になるが、
その場の行動一つで、婚約者が決まる事になるであろうことは、誰に言われるまでもなく明白であった。
アイリスが聞いた話では、婚約者候補の王子様は5人いるという。

(世の中には、結婚相手を選べない人だっていると聞いたわ。
 私は、〝可哀相〟なんかじゃない)

 周囲の人達は、政略結婚をさせられる悲劇のヒロインとして、アイリスを扱う。
それは、彼女のプライドをひどく傷つけた。

「……あら、この本は……」

 ふと何気なくアイリスが口にした本の題名は、どこか懐かしい響きのするものだった。
本棚からその本を抜き取り、手に取ってみる。

「ふふ、懐かしい。
 昔、眠れない時によく読んでもらっていたのよね」

 その古びた表紙を捲って中を覗くと、
益々それは、アイリスに幼い頃の記憶を蘇らせてくれる。

「……ちょっと読んでみようかな」

 アイリスは、近くの椅子に腰を下ろして、その本を読み始めた。