「……静かにっ」

急にルカが怖い顔をしたと思ったら、声を潜めて私に言った。

「……え?」

「おいおい、痴話喧嘩なら余所でやってくれよな。
 ここら辺は俺達の縄張りなんだよ」

突然、暗闇の中から声がした。
驚いて周囲に目をやると、焚火の明かりに照らされて、複数の見知らぬ男たちが姿を現した。
皆、口元を手巾で覆っており、目だけが焚火の明かりを反射して、ぎらぎらと鈍く光っている。
どうやら囲まれているようだ。

「夜盗か」

ルカが低い声で呟いた。
でも私は、それよりも先程放たれた言葉の方が気になっていた。

「ちょっと、痴話喧嘩なんかじゃないわよ!」

「おうおう、威勢のいい女だな」

「馬鹿、口答えするんじゃない」

ルカに嗜められて、私は肩をすくめた。
でも、突っ込まずにはいられなかったのだ。

「ほー、よく見ると身分の高そうな格好をしてんじゃねぇか」

夜盗の一人が私の身体を舐めるように見る。
マントの下から見える服を見ているのだと解っていても、嫌悪感が走った。

「金目のものなら渡そう。
 だから、ここは逃がしてはもらえないだろうか」

「ルカ?!」

私は、驚いてルカを見た。
まさかルカがこんな奴らに対して下手に出るとは思わなかったからだ。

(どうして……ルカならこんな奴ら、簡単に倒しちゃうのに)

「へっへっへ、話が分かるじゃねぇか。
 俺らもよぅ、もらえるもんがもらえるなら、考えてやらないこともない……いつもならな」

「どういうことだ?」

 夜盗たちは、低い声で不気味に笑い合う。
そして、真ん中に立っていた男が驚くことを口にした。

「そこにいるお嬢ちゃんは、 “アイリス” って名前なんだろ」

思わず、どうして……と口に出しそうになり、はっと表情を引き締めた。
彼らの目的と、その背後にいる存在に気が付いたからだ。

「悪いが人違いだ。彼女は、そんな名前ではない。
 ……他を当たるんだな」

ルカも同じことに気が付いたのだろう。
冷静を装ってはいるが、いつでも剣を抜けるよう、マントの下で剣の柄を握っているのがわかる。

「人違いかどうかは、連れて行きゃあわかる。
 大人しくこちらへ渡した方が身のためだぜ」

動じないところを見ると、私が目的の人物だという確信があるのだろう。
やはり後を付けられていたのだろうか。

「何故、彼女を狙う? 金で雇われでもしたか」

ルカの問いに、男は隠すことなく口角を上げた。

「まぁ、そんなとこだ。
 前金でたんまりもらったからな、無理やりにでも連れて行くぜ」

夜盗たちが腰帯に刺していた短剣を抜いた。
それらが焚火の明かりを反射して、ぎらぎらと光るのを見て、私は息をのんだ。

「……アリス、下がっていろ。俺から離れるんじゃないぞ」

「ルカ……」

ルカが私の前に、自分の背を向けて立ち塞がる。

「おい、兄ちゃん。自分が盾にでもなって、そのお嬢ちゃんを守ろうってのか?
 かっこいいね~。でも、この人数に勝てるかな」

夜盗たちは、ざっと見たところでも、十人……いや、二十人はいそうだ。

「何よ、ルカは強いんだからね!
 群れを作らないと威張れないあんたたちとは違うのよっ!」

ルカの背中越しに、私が叫ぶと、
何故かルカが呆れたように溜め息を吐いた。

「ほーぅ、言ってくれるじゃねぇか、嬢ちゃんよぅ」

「そこまで嬢ちゃんが言うなら、そいつが俺達より強いかどうか試してみてやろうじゃねぇか」

挑発された夜盗たちの目に闘志の火が灯る。
どうやら私は、また何か余計なことを言ってしまったらしい。

「そんな大勢で……卑怯者!」

「はっ! 夜盗相手に何ぬかしてやがる。
 おいみんな、やっちまおうぜっ!」

「おぅっ!!」

男の掛け声に合わせて、野党たちが一斉に短剣を私たちへと向けて襲い掛かってきた。

一番近くにいた男が振りかざした剣をルカが即座に抜刀した剣で受け止める。
そのまま流れるように剣を払うと、次から次へと襲い掛かる刃を受け流し、弾いて行く。
その動きは、まるで水が流れるようにしなやかで、美しかった。

(すごい……!
 やっぱり、ルカは強いんだわ)

ルカは、敵の剣を持つ手を確実に狙って打ち込んでいく。
夜盗たちは、あっと言うまに約半数が武器を失い、後退を始めた。

「へっ、やるじゃねぇか。でも……それがいつまで持つかな?」

あと半分……と思ったら、先程ルカに剣を叩き落とされた男たちが再び剣を拾って構える姿勢を取っている。
どうやら彼らは、剣を落としただけで大した傷を負っているわけではないらしい。

(ど、どうしよう……やっぱり、いくらルカでも、
 この人数を一度に相手にするのは無理なんじゃ……)