私が部屋で待っていると、馬小屋から戻ってきたルカが部屋をノックした。
何も問題はなかったか、と聞くルカに、私は、力ない笑顔で首を横に振ることしか出来なかった。
その後、二人で明日のことを話しながら、城下で買った携帯食を食べると、少し気持ちが落ち着いた。

「今日は、疲れただろう。
 明日の事も考えて、もう休んだ方が良い」

ルカは、私の様子が少しおかしいのを見て、慣れない旅路のせいで疲れているのだと思っているようだった。
私が素直に頷いて見せると、ルカは、何故か少し怖い顔をして言った。

「俺は、隣の部屋にいるから、何かあったら、俺を呼べ。
 すぐに駆け付ける」

「何かって、何?」

「実は、さっき馬小屋に行った時、この辺りを探索してみたんだが……」

「だから戻ってくるのが遅かったのね。
 何か見付けたの?」

ルカは、何か言おうと一度口を開いたが、すぐ思い直したように首を横に振る。

「…………いや、俺の気のせいかもしれない。
 だが、用心に越した事はない」

「もう、ルカったら心配性なんだから」

「いいか、窓の鍵は、ちゃんと閉めておけよ。
 あと、ドアの鍵も二回は確かめて……」

「わかった、わかった。わかりましたー!」

私は、いい加減ルカの過保護さに呆れて、部屋の外へとルカの背中を押しやった。

「本当に解ってるのか?
 ……まぁ、いい。あとは、ゆっくり休め」

納得のいかない顔をしながらも、ルカは部屋の扉を閉めて行った。
真面目なルカは、いつも眉間にしわを寄せている。
私は、しわの跡が残って消えなくなるわよ、といくら言っても聞かない。
その度に、ルカは……

『心配するのが私の役目なんです』

……と言う。

(あれは、絶対ハゲるわね……)

想像すると、少し笑えた。
ほんの少しだけ、気持ちが楽になった気がする。

「さすがに今日は、ずっと馬に乗ってた所為で疲れたわ。
 もう寝よう……」

そして、私は、少しカビ臭いベッドに身を預けた。


アリスがぐっすり眠っている部屋に、カタ、カタと不思議な物音が響ている。
木でできた窓が音を立てて揺れ、やがてキィと音を立てて外側へと開いた。
灯りの消えた暗い部屋の中に、外からの星明りが差し込み、床に二つの影を落とす。
影は、部屋の中へ入ると、静かに音を立てないようベッドへと近づき、
何も知らないまま眠っている目的のものを見つけてほくそ笑んだ。

「……くくく、よく眠ってやがるぜ。
 今回は楽勝だな」

「おい、油断するなよ。
 久しぶりの獲物なんだからよ」

暗闇の中からくぐもった知らない男の人の声がする。

(……ん、なに……?
 人の、声…………?)

「わかってるさ。
 それに……こっちの用事もあるしな」

私は、眠い目を薄っすらと開けて見た。

(……夢?
 ……人影、が…………)

「……とっとと済ませちまおう」

「ああ」

突然、何者かによって私のシーツが剥ぎ取られる。
反射的に叫ぼうとすると、もう一人の角張った手によって口を塞がれた。

「おっと、起こしちまったか。悪ぃな。
 眠ってりゃあ、怖い思いもせずに済んだんだが……」

(な、なに……?!)

危険だと、私の本能が知らせていた。
しかし、逃げようと身をよじらせても、肩と腕を捕まれ、身動きが取れない。
その力と声質から、それが男のものだと解る。

「おい、手荒なマネはするなよ。
 無傷で渡す約束だからな」

「わかってるって。
 報酬は、たんまりもらったんだ。約束は守るさ」

(……約束……報酬……?)

「さあ、大人しく俺達に従うんだ。
 そうすりゃ、危害は加えん」

出来れば自力で逃げ出したかった。
しかし、私を拘束する男の力がその可能性を否定する。

(……コワイ……)

自分の力では、どうする事も出来ないと察した途端、私は、急に恐怖を感じた。
大人しくなった私を見て、男達が勘違いをする。

「そうそう、よくわかってるじゃねーか。
 大人しくしとくのが一番さ」

誰が、と内心で私は毒突いた。
深夜に女性の寝室へ無断で侵入し、このような不当な扱いを受けたのは、産まれて初めてだ。
自尊心を傷つけられ、腹立たしく思う気持ちを、私は懸命に抑えた。

(……ルカがきっと助けに来てくれる)

その時、私の口を塞ぐ男の手が一瞬緩んだ。
その隙を逃さず、私は思いっきり男の手に噛み付いてやった。

「いっ……!」

男が私に咬まれた手を離し、声を押し殺して痛がる。
そうして自由になった口で、私は力の限り叫んだ。

「ルカっ……!」

しかし、恐怖で思った以上に声が出ない。
もつれるように扉へ逃げようとしたところで、背後からもう一人の男に捕まった。

「こ、こいつ……黙れっ!」

「離し……てっ……!」

一度騙された事で、今度は男の抑えつける力に手加減はない。
男の一人が、手巾のようなもので私の口を塞ぎ、
持っていたシーツで私の身体をぐるぐる巻きにした。
手足の自由を失った私は、そのまま、もう一人の男の肩へと担がれる。

男達は二人組のようだった。
一人が先に窓から外へと出ると、私を担いでいた男が窓枠越しに私を外に居る男へと渡す。
私は、成すすべもなく、男たちに外へと引きずり出された。
外気が寝起きの肌を冷たく刺す。もちろん、靴も履いていない。
そんな私を気遣う事さえなく、男達は乱暴に私を引っ張って、どこかへ向かって行った。