「ところで、これからどうされるおつもりですか?」

ルカに聞かれ、私は、返答に困った。

「えっと、う~ん……
 特に決めてるわけじゃないんだけど……」

ルカが憐れむような目つきで私を見る。

「まさか……
 目的もなく、ただ町を歩いて回るおつもりですか?」

「え、ダメ……かな?」

私の王子様がどこに居るのか解らない以上、目的地を決める事は出来ない。
むしろ、宛もなく歩き回っているうちに出会った人こそ、運命の人だと言えるだろう。

(……あれ?
 そう言えば私、ルカに“私の王子様を捜しに行く”って、ハッキリ伝えたかしら?)

「ダメに決まっているじゃないですか。
 いいですか、そんな悠長な事をしていられる身ではないんですよ、あなた様は」

「どういう事?」

私の質問に、ルカは、苦虫を噛み潰したような表情で教えてくれた。

「……姫が失踪なさられた後、陛下はご招待した王子様方に条件をお出しになられたのです。
 アイリス姫を無事に連れ戻した王子を姫の婚約者に、と」

「な、何それ?!」

それでは、まるで私が景品か何かのようではないか。
お父様のことだから、その方法なら、私も見つかって、婚約者も決まって、万事丸く収まるわい……とか何とか考えているに違いない。
私の父親ながら、腹黒い狸おやじだ。

「5人の王子様方は、アイリス姫が何者かに誘拐されたと聞かされ、あなた様を捜しておいでです。
 町中をただ歩き回っていては、すぐに見つかってしまいます」

「そ、そんな……。
 それじゃあ、私は一体どうすれば……」

「この町にあまり長くはいられません。
 出来るだけ早く、目立たないように、この町を出るべきでしょう」

「この町を出る……」

言葉にしてみると、それは、何だかとても非現実的なことのように感じた。
思えば、私は、生まれてから一度もこの町を出る事なく育ったのだ。
期待する気持ちもあるが、多少の不安は隠せない。

「ご安心ください。何の為に私がいるとお思いですか?
 姫の護衛役を承ったからには、約束の3日間、必ずあなた様を守り通してみせます」

そんな私の不安の色をルカは見逃さなかった。
いつもの事ながら、ルカに隠し事は出来ないな、と思う。

「まずは、旅支度が必要ですね。
 商店街の方へ行ってみましょう」

「そんな人の多い所に行くなんて、危険じゃない?
 誰かに見つかるかも……」

「人が多いからこそ、逆に目立たないものです。
 それに、姫様をここに一人にして行くわけにはいきません」

そんなものかしら、という私の呟きに、そんなものです、とルカがきっぱりと答える。

「その代わり、必要最低限の物を購入したら、直ぐさま、そこを離れましょう」

「ええ、そうね」

「いいですか、必要最低限の物だけですからね」

「え、えぇ……?」

「余計な物は、一切、買いませんよ」

(それが言いたかったのね……)

 *

「うわ~……すごい人!
 普段もこんなに賑わってたかしら?」

「今日は、特別です。
 アイリス姫の生誕を祝って、各国から商人や使者達が集まって来ているのですよ」

(……そっか。
 私、この日だけは城の外に出た事がないのよね)

これまで見たことのない珍しい商品がたくさん売られているのを見て、私の心は浮足立った。

「……あ、あれは何かしら?」

思わず、目に留まったお店へ足が引き寄せられるのをルカの声が止めた。

「……姫。
 珍しいのは解りますが、あまり動き回らないで下さい。
 迷子になったらどうするんですか」

「迷子になんてならないわよ。
 もう子供じゃないのよ、私」

「子供じゃない、と言っているうちは、充分、子供ですよ。
 姫は、何かあるとすぐに首を突っ込みたがる癖がありますからね」

「……好奇心旺盛と言って欲しいわ。
 いくら私でも時と場合をわきまえます」

「だと良いのですけれど……。
 目立つ行動だけは避けて下さいね」

「わかってるわよ」

「いいですか?
 絶対に、私の傍から離れないように」

ルカは、念を押すように同じ言葉を繰り返した。

「余計な物は、一切、買いませんからね」

(……そんなに私って信用ないのかしら)

それから私達は、人混みを掻き分けながら、まずは食料品店へと向かった。
目当ての店を見付けると、ルカが品物を見繕ってくれる。
手持ち無沙汰になった私は、傍に居たお客さん達の会話に耳を傾けた。

「おい、聞いたか?
 また出たそうだぞ、 “漆黒の翼”が」

「また出たのか?!
 それで今度は、どこのブルジョワが盗られたんだ?」

「えーっと、どこだったかなぁ。
 確か、コン~何とかって伯爵だったような……」

“漆黒の翼”と言うのは、とある盗賊団の呼び名だ。
何でも、彼らが盗みに入った屋敷には、必ず漆黒の羽根が落ちていることから付いた呼び名で、
人の口にのぼるくらいには大きな盗賊団らしい。

私も城下町を遊び歩いている時に話くらいは聞いた事がある。
確か、彼らが狙うのは金持ちの貴族ばかりで、盗むと言っても極少量。
そして、まるで闇夜に溶けるかの如く盗んで消え去る、と。
それだけ敏捷だ、という意味だろう。

「けどよ、今回ばかりは “漆黒の翼” も失敗したって話だ」

「え、今まで一度も失敗した事がないっていう、あの “漆黒の翼” がかい?!」

「そうよ。
 だからこそ、またその屋敷が狙われるんじゃないかって、専らの噂だ」

「あぁ、盗賊のプライドが許さねぇってことか。
 にしても、最近、物騒になったもんだな~」

「まぁな。
 でも、貧乏人の俺達には、関係ない話さ。
 何て言ったって、盗む物がねぇからな」

「そりゃあ、違いねぇ」

( “漆黒の翼”か……)

私がぼうっと噂話に耳を傾けていると、支払いを済ませたルカが私に話し掛けてきたので、
話はそこまでしか聞けなかった。

「さあ、次の店に行きましょう」

「あ、うん」

その後、何軒かお店を回っている途中、ふと一軒の宝石店が私の目に留まった。

「……わぁ、綺麗な指輪」

店先に並んでいた指輪の一つを手に取ってみる。
それは、陽の光を受けてきらきらと輝く赤紫色の石がついた銀のリングだった。

「おや、お嬢さん。お目が高いねぇ。
 それは、レジェンス国から直輸入したばかりの限定版だよ」

宝石店の主が私に話しかけてきたので、私は指輪を手にとったまま顔を上げた。

「レジェンス国の?」

レジェンス国とは、世界でも芸術に関してトップを誇る国だ。
レヴァンヌ国との友好関係も深い為、国内で出回っている宝石類の半分以上がレジェンス国産のものだ。

(私が持ってるネックレスに合いそう。
 でも、今の手持ちじゃ無理ね……)

私が諦めようと指輪を元あった場所へ戻すと、店主が惜しそうな声で言った。

「お嬢さんみたいな綺麗な人に付けてもらえれば、これを創った人も本望だろうにね~」

「ふふふ。お世辞が上手いわね」

「お世辞なんかじゃないさ。
 何なら、お嬢さんには、特別に割引して売ってあげても良いよ」

「本当っ?」