「私のことなんて誰も必要としてません。私が退院しても誰も得しません」


ぽたり、膝の上に涙が落ちた。

その一粒に誘発されるように、止まらない涙。


「医者だったら、私の思いを尊重してくれるんじゃないの?無理矢理病院連れて行かれて、検査させられて、入院しろって言われて。どこにも私の意思なんてなかったのに!」

「黒川さん」


私の言葉を遮った江口先生は、真っ直ぐな目で私を見ていた。


「もう少し、時間をくれないかな」


優しく言い聞かせるように語る言葉を、信じられる気はしないけれど。


「黒川さんは今、僕たちの患者だ。何か抱えているものがあるなら、できる限りの協力はしたいと思ってる。その上で黒川さんをお引き受けしたんだし」


大人は上手い言葉で子供を騙せると思っているかもしれないけれど、騙された身にもなってくれ。

潤んだ目で睨んだって何の怖さもないだろうけれど、江口先生は困り顔ですみません、と謝罪した。


「もう話は終わりですか」

「…はい」

「じゃあ戻ります」


立ち上がって、点滴につながれた私を気遣って、咄嗟に扉を開けてくれる所作にも腹が立つ。

何も言わずに会議室を出た。

大人なんて信じない。

私がそう決めたのは、もう遠い昔の話。

大人なんて、所詮自分の幸せのためにしか生きないんだ。