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身支度をしたら、さっきとは違う内科の待合室で待つようにと言われていたから、誰もいない内科外来の長椅子に腰掛けた。
「どうだった?苦しくなかった?」
付き添いにそう問われ、聞こえないような声で"別に"と呟いた。
苦しさも痛みも、共有したくない。
間もなくして診察室から顔を出したのは、さっきの医者。
明らかに、深刻な雰囲気を醸し出している。
「お母さんも、入ってもらえますか」
「私一人じゃだめですか」
思ったより、意思の強い声が出た。
「それじゃあ、紗菜さんにお話しましょう」
パタン、と扉が閉まり、冷たい椅子に腰掛ける。
すると、突然手をとられた。
びっくりして医者を睨むと、眉をひそめて私の手を見つめていた。
手というか、手首を。
「この下は、どうなっているのかな」
別にどうもなってません。
と言ってほしいような顔で私を見る。
言ったところで、どうせわかってくれないでしょう?
現実と向き合え。
大人はそれしか言葉を知らないみたいに言う。
向き合ったからこそ、こうなってる。
「お母さんとは、あんまり仲が良くないのかな」
「あの人は私のお母さんじゃありません」
「じゃあ、誰?」
「…言いたくない…」
勝手に涙が出てくる。
医者を困らせるつもりはなかった。
人前で泣く自分は大嫌いなのに。
「…ごめんね、踏み入ったこと聞いて」
謝らせるつもりもなかった。
どうして私は、生きているだけで人に負の感情を抱かせる存在なんだろう。
無理矢理涙を引っ込めて、医者からの謝罪を無言で跳ね返した。