退院後、10年ぶりに訪れた場所は、身構えた割にすんなりと私を受け入れてくれたような気がした。

記憶と何ら変わらない、季節の輝きに満ちた場所。

澄んだ空気と川のせせらぎが、心地いい。

お母さんの匂いがするなぁって思うのは、ここで二人の時間をたくさん共有していた証拠。



春はタンポポとつくしを見つけてはお母さんを呼んで。

夏は蝶々を追いかけて走り回って、汗だくになって。

秋は落ち葉を踏んだときの音が楽しくて、跳び跳ねてはしゃいで。

冬は毛糸の手袋をぐっしょり濡らして雪で遊んで。

いつだってそんな私を笑顔で見守っててくれたお母さん。

誰よりも近くで。誰よりも長い時間。



考えたくないけれど、今はひとりぼっち。

私の手を引くお母さんはいない。

懐かしい景色のどこかにいそうな気がして、走っていると泣きそうになる瞬間もあるけれど。

紗菜の笑顔は、お母さんを幸せにしてくれるね。

いつも口癖みたいに言ってたお母さんの言葉がたまに聞こえる気がするから、涙は風に溶かすんだ。