あぁ。また涙腺が痛い。

目の前の江口先生も、私に適切な言葉をかけようと思案している顔。

がっちり噛み合った視線と視線を、なぜか外せなくて。

一度だけどくんと高鳴った心臓が伝えたかった、私の心の奥底にある感情は、霧のようではっきりとはわからない。

錆び付いた鍵がぶら下がったドアの先で今までずっと眠っていたものは、一体どんな形をしてどんな色をしている?

でも今はわからなくてもいい。

それよりも。

別の感情が抑えきれなくて。


「なんで笑うの、このタイミングで」

「だって、なんか、笑っちゃう」

「泣いてると思ったらすぐ笑うし、黒川さんは忙しいなぁ」


感情の引き出しが、急に仕事が増えてコントロールできてない。

だから一つずつ向き合って、泣いてる理由も笑う理由も、伝えられるようになりたい。


「江口先生のせいです」

「僕は黒川さんを笑わせるようなことをしたつもりはない」


不服そうな江口先生は子供みたい。

それもまた、私の笑いを誘って。

江口先生の混乱をさらにかき混ぜて。

生きてるって思う。

ふんわり流れるパステルカラーの昼下がりに、暖かみを添えるみたいに。


「ま、元気そうだから安心した。笑ってる方が黒川さんらしいよ」


立ち上がった江口先生を見上げると、さっきより気が抜けた顔で私を見てる。

出会った頃は、もっと堅苦しくて取っつきにくいと思ってたけど。

今は違う。

この人のせいで、私は未来にたくさんの光を見いだしてしまった。

その影響力を、この人は自覚しているのかな。