程なくして杏子ちゃんの病室に向かうと、奥のベッドにはカーテンがしまっている。
でも、心なしかそこだけが明るい気がした。
「杏子ちゃーん」
「はーい」
ちらり、カーテンをめくって中を覗き込むと、私服の杏子ちゃんが振り返った。
満面の笑みが、まぶしい。
ベッドの傍らには、もう完全に荷物がまとまっている。
「準備も終わっちゃって、暇になっちゃったよ」
「あと帰るだけって感じだもんね。神崎先生もさっき、早く帰りたいって連発してるよって私にチクってたよ」
「もー、神崎先生は退院するまで神崎先生だわ」
杏子ちゃんの隣に座ると、今日でこうやってここで笑いあったり、語り合ったりするのも最後だなぁと、現実味がわいてくる。
泣きたいわけではないけれど、漠然とした感情が胸の辺りで渦巻いている。
病気になって入院して、ようやく今日が、杏子ちゃんの出発の日。
「でもさ、杏子はとりあえず一か月後に外来に来てーだって」
「仕方ないよねー。退院しても病気とはずっと付き合っていかないとだし」
退院してからが、始まりな気がする。
そう呟いた杏子ちゃんに、深く同意した。
「紗菜ちゃんは、もう大丈夫?」
主語がなかったから少しだけ考えたけれど、退院後のことを心配してくれているんだと思った。
今日は杏子ちゃんが退院する日なのに、最後まで私に気を遣ってくれる。
そんな優しさに、何度救われただろう。
「うん。毎日楽しみが増えてってる」
「よかった。紗菜ちゃんのことだけが気になってたから」
「不安なのは不安だけどさ。どんな風に見える世界が変わってるのかなぁって、すごく楽しみで」
「莉乃ちゃん、泣いて喜びそうだね」
「そのときくらいは、いっぱい甘やかしてあげるつもり」
私に抱きつく莉乃が、容易に想像できてしまう。
そんな関係も、すごく嬉しいって思う。