12.スタートアップのその前に
私の予定より1週間早い週末、杏子ちゃんが退院することになった。
今朝会ったとき、お昼前には出たいと思ってると言ったから、その前にちょっと遊びに行くねと約束をした。
「来週の治療で何もなければ、紗菜ちゃんも退院だね」
朝の回診には、神崎先生と江口先生。
紗菜ちゃんも、と言った神崎先生は、少し前に杏子ちゃんの最後の回診をしてきたんだろう。
双子ちゃん、離ればなれになっちゃうね。なんて私を心配してくれている。
「退院しても会おうねって約束してるし、大丈夫です」
「またわんわん泣いたりしてー」
「わんわん泣いたことなんてないですよっ!」
ゲラゲラ笑う神崎先生は、杏子ちゃんにもこんな対応をしてきたに違いない。
あとで、最後の愚痴パーティーしてやるんだから。
「もうちょっと頑張ってよ。そしたら紗菜ちゃんも、誰かさんみたいに"早く帰りたい"って連発する日が来るから」
杏子ちゃんらしいなぁと、3人で笑った。
でも一人になって、ふと考えた。
私が退院したら。
学校に行くことも、今までにはなかった意味を持つようになる。
家に帰ったら、澪がいて、ママがいて、お父さんがいて。
みんなが、私の帰りを待っていてくれる。
そして私はみんなに、しっかりと意味を持った"ただいま"を言うんだ。
なんだか、それってすごく素敵だなぁと思う。
日々のあれこれに、意味が存在することが。
そして、とてもあたたかい。