「何? 私を逮捕だと? 一体、何の罪で?」
 ケント伯エドモンドの屋敷は、小さいながらも歴史をかんじさせる、蔦のはう灰色の屋敷だった。
 そこにまだ朝早い時間から武装した男達が入って来たかと思うと、主であるはずのエドモンドに一枚の紙を突きつけた。剣と共に。
 一三三〇年三月のことであった。
「罪状は、そこに書いてある通りだ。素直にご同行願おう」
 そう言われて、エドモンドが紙に目を通すと、すぐに顔をしかめた。
「先の王に対する反乱って、これじゃ言いがかりじゃないか! 大体、兄上を廃位させたのは、あの愛人と女狐なんだし!」
「現国王陛下の母君に対し、そのようなことをおっしゃられると、不敬にあたりますよ」
 彼に紙を渡した男が冷ややかにそう言うと、エドモンドは自嘲じみた笑みを浮かべた。
「ふ……。そうだな。今のわが国に奴らに対抗出来る者などおらんか……」
「分かっておられるのであれば、どうぞ抵抗なさいますな。もしそのようなことをなされれば……」
 リーダーらしい男はそう言うと、チラリと心配そうに見ている女性と、その彼女が抱っこしている赤ん坊を見た。
「あいつらには、手を出すな!」
 それを見た途端、エドモンドは血相を変えてそう叫んだ。
「ふふ、それはあなた次第ですよ。大人しくついて来さえすれば、奥さんと子供さんには、手を出しません。元々奥さん達のことに関しては、何も命令を受けてないんですし」
「そうか……」
 エドモンドはそう言うと、ほっとした表情になった。
「あなた……」
 奥から赤ん坊を抱っこしながら夫を見ていた女性は、今にも泣き出しそうな表情で夫を見つめた。
「来るな! 子供達のことを頼んだぞ!」
「あなた……」
 ギュッと子供を抱きしめると、腕の中の赤ん坊が泣き始めたが、妻は慌ててその口を塞いだ。呼吸が出来なくならない程度に。
「ふん!」
 それを見たリーダーの男は、馬鹿にしたような笑みを浮かべ、その場を通り過ぎた。エドモンドに剣を突きつけたままで。
「ママ……」
 母の後ろに隠れていた小さな女の子がそう言いながら、母の頬から流れる涙に手を伸ばした。
 母はそれに気付くと、精一杯の作り笑顔を浮かべた。
「大丈夫よ、ジョアン。あなた達のことは、ママが守りますからね」
「ママ……」
 そう言いながら、小さな娘は懸命に手を伸ばして、母の涙を拭こうとした。
 ──それから三一年後の一三六一年、現国王のエドワード3世の嫡男、黒太子エドワードの妻となるのが、この小さな少女で、母の腕に抱かれた赤ん坊は、ケント伯ジョンとなる。