「父上!」
 カレーからの使者、ユスターシュ・サンピエールが外に連れ出されるとすぐ、黒太子が父に詰め寄った。
「今のは、いくら何でも、酷過ぎます! 本当にカレーの市民を全員、処刑されるおつもりですか?」
 青ざめた顔でそう詰め寄る黒太子の脳裏には、父王がクレシーの戦いの前に行なった、騎行戦術の様子が蘇っていた。
 その名の通り、騎馬隊で、途中の村や町を襲い、焼き尽くす惨状を。
 村人を皆殺しにこそしなかったものの、焼かれて灰となった家屋や畑を見て、村人達は明日からどうやって生きていけばいいのか分からず、途方にくれるか、絶望して号泣し、疲れて倒れるか位であった。
 まだ十六歳であった黒太子は、その様子を目の当たりにして、胸を痛めていた。
「ふ……。良い脅しにはなったであろう?」
 対する国王、エドワード三世はそう言うと、ニヤリとした。
「脅し……。本当に、脅しだけですか?」
 黒太子が顔をしかめながらそう尋ねると、彼の背後で様子を見ていたジョン・チャンドスが口を挟んだ。
「国王陛下、流石に実行に移されてしまわれますと、周囲の国々の反感も買いますし、手間もかかりましょう。ここは、有力者の身代金だけとって、他の者は町から追い出すだけにされるのが賢明かと存じます」
 その言葉に、黒太子は大きく頷くと、まっすぐ父王を見た。
「ふ……。それは、どうかな?」
 そう言うと、エドワード三世はニヤリとした。
「父上!」
 黒太子は顔をしかめるとそう叫び、ため息をついた。
 ……ダメだ。私では、父上のお気持ちを動かすことなど、出来ぬ。他のもっと……そうだ! 母上だ! 母上ならば、何とかして下さるかもしれない! ちょうど、こちらにおられることだし!
 それに気付くと、黒太子は目を輝かせて、「失礼します」と簡単に挨拶をし、そこを後にしたのだった。
「殿下?」
 ジョン・チャンドスも目を丸くしながら、それに続いた。