「陛下、カレーの町からユスターシュ・サンピエールという男が来ておりますが……」
 港からすぐ近くの所に小さな町が出来たとはいえ、カレーの町のように城壁が無いので、少し無防備で、野営に近い感じの本陣。
 そこにいたイングランド王、エドワード三世の元に侍従が入って来てそう告げると、彼は口髭を指で触りながら、その名を繰り返した。
「ユスターシュ?」
「はい。ユスターシュ・サンピエールだそうでございます」
「聞いたことが無いな」
「町の代表だそうで、着ているものもそこそこで、礼儀もわきまえているようにございます」
 彼がまだ二十歳前の頃から仕えてきた侍従のエスターがそう言うと、エドワード三世は目を見開いた。
「ほう……。ならば、まぁ、よいか。通せ!」
 エドワード三世のように口髭を伸ばし始めた彼が、そう返事をしてその場を後にすると、入れ替わりに黒太子エドワードが入って来た。後ろにジョン・チャンドスを従えて。
「父上、カレーからの使者ですか?」
「ああ」
「まぁ、当然でしょう。フランスは、何もせずに逃げましたからね」
 黒太子がそう言って苦笑すると、エドワード三世は微笑んだ。
「ははは。その口ぶりだと、追ったな?」
「後を少しつけただけですよ! まぁ、こちらに気付いて、待ち伏せするようなら、応戦しようと、長弓にも準備させていましたが、散り散りになって、慌てて逃げて行きましたよ」
「何とまぁ、情けない」
 これには、エドワード三世も苦笑した。
「あれで、よく『騎士』と言えるものだと思いました」
 黒太子がそう言って、口の端を上げた時だった。