琥珀の記憶 雨の痛み

バイト先に着いて、着替えて。
バックヤードから売り場へ出る手前で、総菜コーナー裏の調理場の脇を通過する。

大抵ナツとメグは先に仕事に入っているのでいつもここで挨拶を交わすのだけど、今日はナツ1人だった。


「ナツ、お疲れ! 今日1人?」

調理場の外から声をかけると、ナツはひょこひょこと中から出てくる。

「莉緒、お疲れー!」

油を使う場所なので、惣菜コーナーの担当者は汚れたり滑らないように長靴を履いている。
そのせいか普段よりもぎこちなくなる足取りが、可愛らしいといつも思う。


「今日ね、メグもアツシもタケもお休みなの。つまんないから、遊びに来てね~」

口を尖らせて小首を傾げながら、甘えるようにナツが言った。

なんだ、尚吾くんいないんだ、というガッカリは顔に出ないように気を付けながらも、その口ぶりには苦笑してしまう。


「遊びにって。1分と返品の時にちょっと寄るくらいしか出来ないけど」

1分、というのはトイレで持ち場を離れる時の隠語だ。
バックヤードだから隠語を使う必要もないのだけど、一応仕事中という意識があるからか、自然とその言葉が出てきた。

売り場に出る機会の少ない惣菜担当のナツにも、店共通のこの言葉はもちろん通じてるはず。

つまり私は一旦レジに入ったらそこから動くのはほとんど不可能だ、と暗に言ってるのだけど、

「待ってる~」

……あんまり通じてなさそうな、にこにこ顔が返ってきた。